国道421号
国道421号(こくどう421ごう)は、三重県桑名市から滋賀県近江八幡市に至る一般国道である。 概要鈴鹿山脈を越える国道で「八風街道」とも呼ばれる。三重県いなべ市の宇賀渓や滋賀県東近江市の愛知川渓谷などの景勝地付近を通過し、紅葉の名所として知られる永源寺も近い。かつては石榑峠(いしぐれとうげ)を経由していたが、この区間をトンネルでバイパスする「石榑峠道路」が2011年(平成23年)3月26日に開通した[1]。2013年(平成25年)現在、東近江市永源寺政所町から相谷町までの区間については線形不良と幅員狭小を解消する目的で、2車線道路が延長5.6 kmにわたり、佐目バイパスとして整備が進められている[2]。 路線データ一般国道の路線を指定する政令[3][注釈 1]に基づく起終点および重要な経過地は次のとおり。
歴史八風街道は明治末期から産業上で重視されるようになり、1920年(大正9年)4月には県道に認定された[6]。1934年(昭和9年)から八風街道を県道から国道に昇格させて改修させる動きが積極的になり、1939年(昭和14年)11月に行われた実地踏査では八風峠より石榑峠に路線を開設するのが望ましいと見解が下されている[7]。 1954年(昭和29年)に主要地方道八幡員弁線が指定された。県道番号は、滋賀県側は2号(1960年から320号へ改番)、三重県側は4号(1965年から3号へ改番)だった。 石榑峠が江勢道路として1970年(昭和45年)7月に開設された当時は周辺の区間は林野庁の所轄であったが、1975年(昭和50年)4月に町道に、同年12月には三重県道3号・滋賀県道320号近江八幡員弁線に認定された経緯を持つ[8]。江勢道路の県道移管が国道421号誕生への後押しとなり、1976年(昭和51年)2月に三重県・滋賀県の関係2市11町の間で「近江八幡員弁線国道昇格期成同盟会」が設立され(会長:八日市市長、副会長:大安町長・永源寺町長)、1981年(昭和56年)4月30日に一般国道421号が指定された[9]。旧道にあたる、かつての石槫峠区間は、通行車両に制限がかかった狭隘区間で、夏場から紅葉時期にかけての行楽シーズン中は通過に2時間以上かかることもよくあったといわれる[10]。2008年(平成20年)9月2日の豪雨によってこの区間が通行止めとなって以降、三重県いなべ市大安町石榑(白龍神社入口)から滋賀県東近江市杠葉尾町(神崎橋)までの区間は国道として災害復旧されることなく、2011年(平成23年)3月26日の石榑トンネルが開通したのちに市道としていなべ市に移管された[11]。 年表
路線状況三重県内は全線にわたって2車線以上確保されており、特に桑名市の上野交差点から星川交差点にかけては4車線確保されており、東名阪自動車道の桑名ICの連絡路としての役割も果たしている。 一方で、滋賀県側では、東近江市永源寺政所町から相谷町にかけて大型車が離合困難となる区間もあるが、改良工事が進められている。国道307号 - 終点の国道8号友定町交差点は、名神高速道路の八日市インターチェンジ (IC) との連絡路であることから、昼間の交通量は非常に多い[20]。 別名
道路施設主な橋トンネル
道の駅
旧道(石槫峠)についてかつて、石槫峠の約2 km区間は車重2 t以下、車幅2 m以下の普通車両なら通行可能な狭隘路で、暗峠(国道308号)とならび近畿二大峠酷道として知られていた区間でもある[10]。特に狭い区間は車幅が2 m以上ある大型車が進入できないように、峠の頂上付近の滋賀県側と三重県側の入り口2箇所にコンクリートブロックが置かれて道幅が狭められ、その側面には無数の傷痕が残されていた[21][注釈 5]。また、ブロックの直前にはUターンできるスペースが設けられていた。例年12月初旬から翌年3月末までは冬期閉鎖とされていたが、現在では鈴鹿山脈を貫く石榑トンネルの開通により、道路が改良されて通行車両制限は解消されている。
地理通過する自治体交差する道路三重県桑名市三重県いなべ市滋賀県東近江市滋賀県近江八幡市
沿線
ギャラリー
脚注注釈出典
参考文献
関連項目外部リンク |