変体仮名
変体仮名(へんたいがな)とは、現在、平仮名として標準的に用いる字48種に含まれないかな文字の呼称である[1]。 概要平仮名の字体の中でも1900年(明治33年)以降の学校教育で用いられていないものが「変体仮名」と呼ばれている。 本来、平仮名はひとつの音に対していくつかの字形があった。たとえば、今は「ハ」(ha)と読む平仮名として「は」だけを使っているが、明治時代までは、 などの様々な形を使っていた。 平仮名の字体が人為的、権力的に選一された結果、現在の日本では変体仮名はあまり使用されなくなったが、看板や書道、地名、人名など限定的な場面では使われている[2]。異体仮名(いたいがな)とも呼ばれる[3]。 変体仮名に対し、現在使われている字体を「現用字体」「現用仮名」「正体仮名」「本則仮名」と呼ぶ。また、変体仮名の使い分け(現用字体を含む)のことも「変体仮名」と呼ぶことがある[4]。 歴史平安時代から1899年まで平仮名は誕生した当初から、ひとつの音節に対して複数の字体があった。これらは同じ文章のなかでも混用された。元来、平仮名・変体仮名という区別はなく、書き手は様々な種類の平仮名を同時に用いて使いこなしていたのである。 片仮名もはじめは異体字をいくつかもって生まれたが、平安中期には1種類へと統合する傾向が強まり、早い段階で今とほとんど同じような一母一字に整った(「ネ」と「子」、「ヰ」と「井」は明治33年まで両立していた)。対して平仮名は、初期に一度簡略化へと進んだにもかかわらず、その極致に至るとまた複雑化の傾向へと進み、片仮名にあったような統一化の傾向はほとんど見られなかった。平仮名の体系は、このような異体字を持つ文字体系として、平安時代が終わる12世紀にほぼ完成していたとされる。 鎌倉時代以降の書では、著者ごとの書風や癖のような字形の違いはあっても、字体や字母には大きな変化が見られず、一貫して平安時代のものが平仮名の手本とされてきた[5]。平仮名において複数の字体が併用されつづけた理由は、ひとつには美術作品としての表現手法、もうひとつには単純過ぎて判別が困難だった初期の平仮名を改良した結果だと考えられている[6]。 紀貫之の『土佐日記』、清少納言の『枕草子』、紫式部の『源氏物語』のような平仮名文学、あるいは草子のような出版物、また手紙や個人の手記などについても、明治時代までは平仮名によって書かれた文章の多くが、今でいう変体仮名を交えて書かれている。特に、平安時代末期の装飾写本西本願寺本三十六人家集のように美的効果が重視された作品では、単調さを嫌うかのように多くの字体が用いられる傾向が強い[7]。ただし、標準的な字体とそれ以外の字体の区別は近代以前からすでにあり、平仮名の50音図を書く場合などは、ほとんどに、後世の現用字体が使われていた。 明治時代、小学校が設置された当初も、仮名の字体は複数教えられていた。たとえば、1884年(明治17年)に文部省が編集した教科書『読方入門』では、字体が1つとされた字は8字にすぎない[8]。当時作られた教練教科書所収の「軍人勅諭」には多数の変体仮名がちりばめられている[要出典]。
1900年以降1900年(明治33年)、帝国教育会国語改良部が「同音ノ仮名ニ数種アルヲ各一様ニ限ルコト(即チ変体仮名ヲ廃スルコト)」を議決した。これを受け、同年中小学校令施行規則が改正され、小学校で教えられる仮名の字体が選一された。これ以降は、一部の書道教育を除いて、一つの音韻に対しては一つの字のみが教えられることとなった。 1908年(明治41年)、文部省訓令第10号「小学校令施行規則中教授用仮名及び字体、字音仮名遣並びに漢字に関する規定削除の趣旨」が発表された。これより1900年の規則が撤回され、26の異体字が一時的に復活したが、1922年(大正11年)にすべて廃止された[9]。 第二次世界大戦前までは日記、書簡など日常の筆記で変体仮名はしばしば使用されていた。例えば夏目漱石の自筆原稿にも多数の変体仮名を見ることができる。活字の母型にも存在し、戦前の活字見本帳には多数の変体仮名活字を見ることができる。戦後の例では、川端康成の1969年の自筆原稿に変体仮名の「な」が使われている。『言海』『大言海』には、「し」で始まる見出しに「𛁈」(志の変体仮名)が使用されている。 変体仮名は人名にも広く用いられていたが、1948年(昭和23年)の戸籍法施行によって変体仮名が戸籍上の人名に使えなくなったことと、また、統一された字体による新聞・雑誌の普及から、変体仮名の使用はさらに減った[10]。 現在では、変体仮名は蕎麦屋などの昔からの店舗の看板・店名のほか、書道のかな作品や商標などに残っている[2] [11]。戸籍法施行以前に生まれて変体仮名で名づけられた存命者が現在でもいるため、新聞などでも使用されることがある。また、地名表記のなかに残されている地域もあり、公文書で記載されることもある。 使い分け具体的には、以下のような使い分けがあった[4]。
電子機器上での扱いUnicodeでの採用前変体仮名はJIS X 0208に収録されていないため、一般的なコンピュータでは長い間使用できなかった。変体仮名を表記するには、手書きを併用したり特別な外字を用いたりしなければならなかった。 行政では、168字の変体仮名が住民基本台帳収録変体仮名として使われていた。これらはTRONコードに収録されている(9面Bゾーン8321〜846A)[12]。その他の変体仮名も同様にTRONコードに収録されていた(9面Bゾーン8521 - 8D7E)。また、今昔文字鏡フォントは213字の変体仮名を収録していた。 JIS X 0208やJIS X 0212に含まれていなかったことから、既存の文字コードにある文字を採用する目的であった当初のUnicodeには採用されなかった。 JIS X 0213では変体仮名を含んでほしいという要望があったものの、文字の同定の問題などがあり採用されなかった[13]。 Unicode2009年、オランダのJeroen Ruigrok van der WervenがUnicodeに変体仮名の収録を提案した[14]。 2010年、Unicode 6.0が公開された。この時、仮名補助 (Kana Supplement) に「𛀀[15]」(U+1B000) と「𛀁[16]」(U+1B001) が追加された。 2012年、情報処理推進機構が標準化の検討を始め、2013年、国立国語研究所がこの検討に加わった。戸籍統一文字168字に学術情報交換で必要とされる文字を合わせて、2015年、286字がUnicodeに登録申請された[17]。 2017年6月、Unicode 10.0.0に変体仮名285字が登録された。申請された286字のうち、1字はU+1B001と統合された[18]。 これにより、286字の変体仮名がUnicodeで使えるようになった。ただし、依然として多くの変体仮名や、片仮名の異体字が使用できない。 Unicodeに収録された変体仮名は以下の通りである。
表示可能なフォント2023年7月現在、Unicodeの変体仮名が表示可能なフォントには以下のようなものがある。
Unicodeに準拠しない変体仮名対応フォントには以下のようなものがある。
一覧
あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行
ら行
わ行
その他
脚注注釈
出典
参考文献
関連文献
関連項目外部リンク
|