北朝鮮のロシア派兵
北朝鮮のロシア派兵(きたちょうせんのロシアはへい)とは、2024年10月以降、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府がその軍隊である朝鮮人民軍を、ロシア方面(ウクライナ軍との戦闘地域)に派遣した出来事[1]。2022年に始まったロシアのウクライナ侵攻において、ロシア側として参戦するためであった。ロシアのプーチン政権が抱える人的資源不足の状態と、国際社会による対北朝鮮制裁などの影響で不足した外貨を獲得したい金正恩政権の思惑が一致して実現したものと分析される[2]。英国放送協会の報道によると、派遣された部隊の多くは、北朝鮮最精鋭の朝鮮人民軍第11軍団(いわゆる「暴風軍団」)の出身であり、同部隊は敵陣地への潜入、インフラストラクチャーの破壊、暗殺の訓練を受けているとされる[2]。 NHKによるとロシアは北朝鮮部隊の受け入れを「プロジェクト・ボストーク」(日本語で東方計画の意)と命名している[3]。 背景2022年ロシアのウクライナ侵攻では、北朝鮮はロシア側に与した数少ない国の一つとなった。2024年6月、ロシアのプーチンロシア大統領が訪朝。北朝鮮の金正恩総書記との間で首脳会談行い、軍事や経済に関する「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結[4]。この前後から、ロシア連邦軍が北朝鮮製の短距離弾道ミサイル(KN-23)をウクライナに向けて使用するようになり[5]、あわせて朝鮮人民軍の士官、弾道ミサイルに関連した軍人もウクライナの最前線であるドネツク州などに配置させたとする報道が行われるようになった[6][7]。また、多数の朝鮮人民軍兵士についてもロシア国内に移動、ウスリースクやウラン・ウデ郊外の基地に駐留して訓練を重ねていることが伝えられると、韓国当局は、派遣規模について暴風軍団(特殊部隊)を含む4旅団約1万2000人と推定した[8]。外交筋の情報として、2024年8月頃に金正恩がプーチンに対して北朝鮮が最大10万人の兵士を派遣する用意があると提案し、その見返りに北朝鮮はロシアの最新の軍事技術を得たい思惑があったと報じられている[9]。また長期化するウクライナ侵攻で、ロシア軍の兵士不足は深刻化している[10]。そうした中、ウクライナはロシア西部のクルスク州に侵攻し占領しており、ロシアはこの占領地域の奪還を目指して、北朝鮮兵士を受け入れたとの見方もある[10]。 →「クルスク州への侵攻 (2024年)」および「ウクライナによるクルスク州占領」も参照
経過2024年10月8日、韓国国防部長官の金龍顕が国会の国防委員会に出席し、北朝鮮がウクライナに軍を派遣する可能性について「非常に高い」とした[11]。また、ウクライナのメディアが4日に北朝鮮の将校6人がウクライナ軍のミサイル攻撃で死亡したと報じたことについても「事実である可能性が高い」と述べた[11]。15日ウクライナの複数メディアが情報機関関係者からの話として、北朝鮮兵士最大で3000人からなる部隊をロシアが編成したと報じた[12]。また一部メディアは、既にクルスク州やブリャンスク州で北朝鮮兵士が確認されており、脱走した兵士もいると伝えた[12]。 18日、韓国国家情報院は、北朝鮮が軍特殊部隊の約1500人をロシア極東のウラジオストクに移送したことを確認したと明らかにし、北朝鮮が「参戦を始めた」との見解を示した[13]。国家情報院はまた、北朝鮮兵士は訓練を受けたあと前線に投入されるとみられ、ロシアの軍服や武器が支給され、同国の少数民族に偽装するためとみられる偽の証明書も発給されたと指摘した[14]。同日、ウクライナ文化情報省の戦略コミュニケーション・情報安全保障センターが、北朝鮮兵士がロシア国内の訓練施設で装備品を受け取る様子とする30秒の動画を公開した[15][16]。同組織トップは「動画は北朝鮮がロシア側について戦争に参加している最初の証拠だ」とし、各国にウクライナ支援強化を訴えた[17]。 21日、ロシア大統領府報道官のドミトリー・ペスコフが、北朝鮮兵士派遣についての韓国の発表は「食い違っている情報が多い」と指摘し詳しい言及を避けた[18]。一方、韓国外交部の金烘均第1次官はソウルに駐在するロシア大使ジノビエフを呼び出し、北朝鮮部隊をウクライナに派遣させないよう要求した[18]。22日、イギリス国防大臣ジョン・ヒーリーが同国議会で「北朝鮮の数百人規模の戦闘部隊がロシアへの移動を始めた可能性が極めて高い」と述べ、深刻な状況と評した[19]。アメリカ大統領補佐官ジョン・カービーは23日、「今月上旬から中旬までに北朝鮮の兵士少なくとも3000人がロシア東部に移動したとみている」と明らかにした[20]。 韓国国防部長官の金は24日、北朝鮮が特殊部隊の兵士などさらに約1万2000人を近くロシアに派遣するという見方を示し、「『派兵』ではなく『よう兵』という表現が適切だ」と述べた[21]。この時点で韓国情報機関は既に3000人が派兵されたと分析していた[21]。 同日、ウクライナ国防省がロシア東部で訓練を受けた最初の北朝鮮部隊がクルスク州に到達したと発表した[22]。一方ロシア大統領ウラジーミル・プーチンは同日、第16回BRICS首脳会議の記者会見で北朝鮮兵士が派遣されたとする衛星画像について質問を受け、「画像があるということは、それは何かを反映している」と北朝鮮の派兵について否定しなかった[22]。 北大西洋条約機構(NATO)は28日、北朝鮮の派兵について理事会を開き、韓国政府代表団から最新の状況について説明を受けた[23]。会の後、事務総長マルク・ルッテは記者団にクルスク州に北朝鮮の部隊が配置されたことを確認したとともにウクライナへの支援強化の方針を確認したと述べた[23]。 アメリカ国務省の報道官マシュー・ミラーは11月4日、クルスク州に北朝鮮兵士1万人が到着し、「今後数日のうちに戦闘に参加する可能性がある」とした[24]。対してロシアのペスコフは翌5日、「何も言うつもりはない。なぜなら、アメリカの当局者が『最終的な確認はしていない』と言っているからだ」とミラーの発言について記者団から求められた事実関係の確認を避けた[24]。 分析派兵規模と派遣された北朝鮮兵士アメリカは当初3000人規模とみていたがのちに1万人に修正し、韓国は1万3000人とみている[25]。 派遣された北朝鮮兵士について、ロシア軍がロシアの軍事用語を教えているが、理解するのに苦戦しロシア兵と北朝鮮兵の間の意思疎通に課題があると韓国国家情報院が報告した[26]。また多くは20代前半で一部は10代だとみられるとも報告している[27]。他方でウクライナ軍情報局が公開した資料によるとロシアの軍人が北朝鮮兵士に関して不満を漏らし、暴言を吐いているという報道もある[28]。中央日報は、ロシア軍主力部隊と足並みを揃えてこそ北朝鮮兵士が役に立つが、北朝鮮兵士はロシア語を解さず現地戦場にも慣れていないため、ウクライナに反撃する効果的な戦力にはならないと評した[29]。 反応ウクライナと西側諸国10月29日、ウクライナ大統領ウォロディミル・ゼレンスキーと韓国大統領尹錫悦が電話会談を行い、両国間で代表団を派遣し合い情報を交換するなど連携を強化することで合意した[27]。同日アメリカ大統領ジョー・バイデンはロシア派兵について「懸念している」と述べ、ウクライナ軍が北朝鮮部隊を攻撃すべきかという質問に対しては「彼らがウクライナに入った場合はそうだ」と答えた[27]。 ゼレンスキーは11月7日、NATO事務総長ルッテと会談し、その後「ロシア・ウクライナ戦争における北朝鮮の新たな役割に対して、西側諸国はより断固たる対応をする必要がある」と述べた[30]。NATOの加盟国32か国は翌8日、共同声明で「欧州・大西洋の安全保障に深刻な影響を及ぼし、インド太平洋地域にも影響を及ぼす」とし、そのほかウクライナ、日本や韓国、オーストラリアやニュージーランドもこの声明を支持した[30]。 ウクライナによる投降呼び掛けウクライナは10月23日、北朝鮮兵士に投降を促す動画をSNSで公開し、朝鮮語で「他国で無意味に死ぬ必要はない」などと説明した[21]。 その他国際機関・諸国11月3日、国際連合事務総長のアントニオ・グテーレスは報道官を通じた声明で懸念を表明し、派兵が事実であれば「危険な緊張激化だ」と指摘した[31]。9日、欧州連合(EU)の外務・安全保障政策上級代表(外相)ジョセップ・ボレルは、訪問先のウクライナで「ロシアと北朝鮮の軍事協力の強化は、この戦争が世界規模に拡大したことを示している」と述べ、北朝鮮への圧力強化を主張した[32]。 中華人民共和国外交部の報道官林剣は11月1日の記者会見で、「北朝鮮とロシアは独立した主権国家であり、2国間関係をどのように発展させるかは彼ら自身の問題だ」として干渉しない姿勢を示した[33]。なお、アメリカは中国に対してこの問題について北朝鮮への影響力を行使すべきとしていた[33]。 脚注出典
関連項目 |