ロワイヤル・スポルティング・クルブ・アンデルレヒト(オランダ語: Royal Sporting Club Anderlecht)またはロワイヤル・スポルティング・クルブ・アンデルレクト(フランス語: Royal Sporting Club d'Anderlecht)は、ベルギー・ブリュッセル・アンデルレヒトを本拠地とするサッカークラブチーム。略称はR.S.C.A。ジュピラー・プロ・リーグに所属する。
概要
ベルギーでもっとも大きな成功を収めたクラブである。ジュピラー・プロ・リーグでは32回、ベルギー・カップでは9回、ベルギー・リーグカップでは1回、ベルギー・スーパーカップでは10回優勝している。ジュピラーリーグでは1963-64シーズンから1967-68シーズンまで5連覇しており、これはリーグの最多連覇記録である。UEFAカップで1回、UEFAカップウィナーズカップで2回、UEFAスーパーカップで2回優勝しており、欧州カップ戦で計5個のトロフィーを獲得している。これは欧州サッカー連盟 (UEFA) 加盟クラブ中第12位の獲得数であり、国際サッカー歴史統計連盟 (IFFHS) によって「20世紀におけるヨーロッパのサッカークラブランキング」の第10位に選出されている。2012年のUEFAチームランキングは第41位である[4]。1986年にはユヴェントスFC(イタリア)と並んで第1位に輝いた[5]。
1908年創立。1921-22シーズンにトップリーグに初昇格し、1935-36シーズン以降は継続してトップリーグに在籍している。第二次世界大戦後の1946-47シーズンに初のリーグ優勝を果たし、それ以来7位以下でシーズンを終えたことがない。歴史的に、クラブ・ブルッヘ、スタンダール・リエージュ、サークル・ブルッヘとはライバル関係にある。1993年、ブリュッセル・D71がRSCアンデルレヒト・レディースに名称変更され、クラブ組織に女子チームが新設された。アンデルレヒト・レディースファースト・ディヴィジョン・レディース(女子1部)で3回、ベルギー・カップ・レディースで5回優勝している。
歴史
黎明期 (1908年 - 1930年代)
1908年5月27日、アンデルレヒト地区のRue d'Aumale/Aumalestraatを本拠地とし、コンコルディア・カフェにてSCアンデルレヒト (Sporting Club Anderlecht) として創設された[6]。Institut Saint-Georgesとの間で行なわれた初試合には11-8で勝利した。
公式大会に初参加したのは1909-10シーズンである。地域3部リーグからスタートし、1912-13シーズンには全国2部リーグ昇格を決めた。2部で1シーズン戦った後、ベルギーリーグは第一次世界大戦のために中断され、1919-20シーズンに再開された。クラブの人気が増したため、1917年にAstrid ParkのStade Emile Verséに移転した。1920-21シーズン終了後、クラブ史上初のトップリーグ昇格を果たした。その後の14シーズンの間には4回の降格(1923年、1926年、1928年、1931年)と4回の昇格(1924年、1927年、1929年、1935年)を経験し、ローカル・ライバルのロイヤル・ユニオン・サン=ジロワーズやDCブリュッセルからは「リフトクラブ」(エレベータークラブ)と揶揄された。
国内リーグでの成功 (1940年代 - 1960年代)
創設から25年目の1933年、クラブ名に「ロワイヤル」を冠したRSCアンデルレヒト (Royal Sporting Club Anderlechtois) に名称変更した。1935年にトップリーグに昇格すると、その後は一度も降格することなくトップリーグの地位を保ち続けている。1942年にはK Tubantia FCに12万5000ベルギーフランの大金を支払ってストライカーのジェフ・メルマンスを獲得。1946-47シーズンには国内リーグ初優勝を飾った。1949-50シーズンから1955-56シーズンの間には6回のリーグ優勝を果たし、1958-59・1961-62シーズンにもリーグ優勝した。1960年代にはフランス人のPierre Sinibaldi監督やハンガリー人のAndreas Beres監督に率いられ、1963-64シーズンから1967-68シーズンにかけて5連覇を達成した。これは現在でもリーグ最多連覇記録となっている。この時期のチーム最高のスター選手はポール・ヴァン・ヒムストであり、リーグ得点王を3回(1964-65・1966-67・1968-69シーズン)、ベルギー年間最優秀選手賞を4回(1959-60・1960-61・1964-65・1973-74シーズン)獲得した。
欧州カップ戦での躍進 (1960年代 - 1980年代)
1955-56シーズンにはUEFAチャンピオンズカップに初出場したが、初戦でヴェレシュ・ロボゴーSE(ハンガリー)に敗れた。1956-57シーズン、1959-60シーズンの同大会では予選で敗れたが、1962-63シーズンの同大会では予選でレアル・マドリード(スペイン)に2試合合計4-3で勝利し、欧州カップ戦初勝利を挙げた。2回戦ではCDNAソフィア(ブルガリア)に勝利したが、準々決勝でダンディーFC(スコットランド)に敗れた。1969-70シーズンのインターシティーズ・フェアーズカップでは決勝に進出したが、決勝でアーセナル(イングランド)に敗れた。1975年から1984年には、リーグ優勝こそ1回だけだったが、欧州カップ戦で大きな成功を収めた。1975-76シーズンと1977-78シーズンのUEFAカップウィナーズカップでは、決勝でそれぞれウェストハム・ユナイテッドFC(イングランド)とアウストリア・ウィーン(オーストリア)を下して優勝した。1976年と1978年にはUEFAスーパーカップも制している。1982年、選手時代にアンデルレヒトのアイドルだったヒムストが監督に就任し、この時期にはスタジアムの完全改修工事が始まった。1982-83シーズンのUEFAカップでは決勝でベンフィカ(ポルトガル)を下して優勝したが、国内リーグではスタンダール・リエージュに次ぐ2位に終わった。1983-84シーズンのUEFAカップでは、決勝でトッテナム・ホットスパー(イングランド)に敗れた。準決勝のノッティンガム・フォレスト戦(イングランド)には2試合合計3-2で勝利したが、同点で迎えた延長に与えられたPKで勝ち上がりを決めたため、試合後に議論が起こった。後には、決勝進出を保証してもらうために、2万7000ポンド分の賄賂を審判に贈ったことが明らかとなった[7]。1981-82・1982-83・1983-84シーズンは3シーズン連続で2位だったが、1984-85シーズンには2位のクラブ・ブルッヘに勝ち点11の大差を付け、18回目のタイトルを獲得した。1985-86シーズンのリーグ戦ではプレーオフでクラブ・ブルッヘを破り、19回目のリーグ優勝を果たした。1986-87シーズンは最終節で20回目のリーグ優勝を決めた。1987年夏には主力選手のフランキー・ベルコーテレンやエンツォ・シーフォが退団し、フアン・ロサーノがKSVワレヘム戦で重傷を負って長期離脱した[8]。レイモン・ゲタルスが弱体化したチームを率いたが、1987-88シーズンはクラブ・ブルッヘ、KVメヘレン、ロイヤル・アントワープに次ぐ4位にとどまった。しかし、ベルギー・カップではスタンダール・リエージュとの決勝に進出し、ルク・ニリスとEddie Krnčevićが得点して6回目の優勝を飾った。1988-89シーズンのベルギー・カップ決勝でもスタンダールと顔を合わせ、今度はKrnčevićとヤンコヴィッチが得点して2連覇を決めたが、リーグ戦では2位に終わった。このシーズン終了後、ゲタルス監督はボルドー(フランス)監督に転任した。
欧州カップ戦での地位低下 (1990年代 - )
1989-90シーズンのUEFAカップウィナーズカップでは決勝に進出したが、サンプドリア(イタリア)に敗れて準優勝に終わった。1990年代には欧州カップ戦での地位が低下し、1990-91シーズンと1996-97シーズンのUEFAカップでベスト8となったのが最高成績である。国内に目を向けると10シーズンで4回のリーグ優勝とカップ優勝を果たした。2000-01シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでは、大会名称変更後初めて2次リーグに進出した。レアル・マドリード、リーズ・ユナイテッド(イングランド)、ラツィオ(イタリア)と同組となり、レアル・マドリードとリーズに次ぐ3位で敗退となった。2006-07シーズンには29回目のリーグ優勝を果たした。2009-10シーズンには30回目のリーグ優勝を果たした。2011-12シーズンのUEFAヨーロッパリーグ・グループリーグではロコモティフ・モスクワ、シュトゥルム・グラーツ、AEKアテネと同組となった。6戦全勝で勝ち点18(グループリーグ出場クラブ中最高)を獲得し、欧州カップ戦のグループリーグで最多勝ち点を獲得したベルギー初のクラブとなった。同大会グループリーグではスタンダール・リエージュ、クラブ・ブルッヘも首位通過を果たし、ベルギーから3クラブが決勝トーナメントに進出した。アンデルレヒトは決勝トーナメント1回戦でウディネーゼ(イタリア)に敗れた。2011-12シーズンには31回目のリーグ優勝を果たした[9]。2012年にはベルギー・スーパーカップで10回目の優勝を果たした[10]。
サポーター
2000年代にはほとんどのシーズンでリーグ最高の1試合平均観客数を誇っており、2002-03シーズン(KRCヘンクが1位)と2004-05シーズン(クラブ・ブルッヘが1位)に1位を逃しただけである。サポーターはベルギー全土に存在し、ブリュッセルに住むアンデルレヒトサポーターは少数派である。77のファンクラブがあり、そのうち5つはベルギー国外(フランス、ポーランド、アメリカのテキサス州、カナダのモントリオール、イングランドのサンダーランド)にある。
クラブカラーとエンブレム
アンデルレヒトのクラブカラーは紫色と白色である。ホーム用ユニフォームは一般に紫色の装飾が施された白色であるが、2005-06シーズンは紫色の装飾が施された黒色であり、2007-08シーズンは灰色だった。クラブ創設当初は紫色主体のユニフォームだった。クラブのモットーは「Mens sana in corpore sano」であり、旧クラブ名称 (Sporting Club Anderlechtois) の頭文字である「SCA」の3文字とともにエンブレムに刻みこまれている。1933年にはクラブ名称にロワイヤルが付与された (Royal Sporting Club Anderlechtois) ため、エンブレムにも王冠が追加された。アンデルレヒトのクラブカラーはアル・アインFCのクラブカラーの由来となっている。
スタジアム
1917年以前は、Rue Démosthènestraat地区(旧名称 : Rue Verheydenstraat地区)にあるグラウンドで試合を行なっていた[11]。1917年、Astrid ParkにホームスタジアムのStade Emile Verséが建設された。クラブ初の大規模後援者であり資本家のEmile Verséの名が冠されている。Stade Emile Verséは1983年に完全改築され、当時の会長名を冠したコンスタン・ヴァンデン・ストックスタディオンに名称変更された。現在の収容人数は28,063人であり、このうちの約6,900席は立見席であるため、欧州カップ戦開催時の収容人数は21,845人である。収容人数を30,000人(全席固定座席)まで拡張する計画がある[12]。
タイトル
国内タイトル
- ジュピラー・プロ・リーグ (1部) : 34回
- 1946-47, 1948-49, 1949-50, 1950-51, 1953-54, 1954-55, 1955-56, 1958-59, 1961-62, 1963-64, 1964-65, 1965-66, 1966-67, 1967-68, 1971-72, 1973-74, 1980-81, 1984-85, 1985-86, 1986-87, 1990-91, 1992-93, 1993-94, 1994-95, 1999-00, 2000-01, 2003-04, 2005-06, 2006-07, 2009-10, 2011-12, 2012-13, 2013-14, 2016-17
- ベルギー・セカンドディビジョン (2部) : 2回
- ベルギー・カップ:9回
- 1964-65, 1971-72, 1972-73, 1974-75, 1975-76, 1987-88, 1988-89, 1993-94, 2007-08
- ベルギー・リーグカップ:1回
- ベルギー・スーパーカップ:13回
- 1985, 1987, 1993, 1995, 2000, 2001, 2006, 2007, 2010, 2012, 2013, 2014, 2017
- ブルージュ・マティンス:2回
国際タイトル
親善タイトル
過去の成績
シーズン
|
リーグ戦
|
プレーオフ
|
ベルギーカップ
|
欧州カップ
|
その他
|
ディビジョン |
試 |
勝 |
分 |
敗 |
得 |
失 |
点 |
順位
|
2002-03
|
JL
|
32 |
23 |
2 |
7 |
72 |
33 |
71 |
2位 |
導入前 |
準々決勝敗退 |
UC |
ベスト16 |
|
2003-04
|
34 |
25 |
6 |
3 |
77 |
27 |
81 |
1位 |
準決勝敗退 |
CL |
グループリーグ敗退 |
|
2004-05
|
34 |
23 |
7 |
4 |
75 |
34 |
76 |
2位 |
ベスト16 |
CL |
グループリーグ敗退 |
BSC準優勝
|
2005-06
|
34 |
20 |
10 |
4 |
72 |
27 |
70 |
1位 |
6回戦敗退 |
CL |
グループリーグ敗退 |
|
2006-07
|
34 |
23 |
8 |
3 |
75 |
30 |
77 |
1位 |
準決勝敗退 |
CL |
グループリーグ敗退 |
BSC優勝
|
2007-08
|
34 |
22 |
7 |
6 |
59 |
31 |
70 |
2位 |
優勝 |
CL UC |
予選3回戦敗退 ベスト16 |
BSC優勝
|
2008-09
|
JPL
|
34 |
24 |
5 |
5 |
75 |
30 |
77 |
2位[注釈 1] |
ベスト16 |
CL |
予選2回戦敗退 |
BSC準優勝
|
2009-10
|
28 |
22 |
3 |
3 |
62 |
20 |
69 |
1位 |
1位 |
準々決勝敗退 |
CL EL |
予選プレーオフ敗退 ベスト16 |
|
2010-11
|
30 |
19 |
8 |
3 |
58 |
20 |
65 |
1位 |
3位 |
ベスト16 |
CL EL |
予選プレーオフ敗退 ベスト32 |
BSC優勝
|
2011-12
|
30 |
20 |
7 |
3 |
61 |
26 |
67 |
1位 |
1位 |
ベスト16 |
EL |
ベスト32 |
|
2012-13
|
30 |
20 |
7 |
3 |
69 |
27 |
67 |
1位 |
1位 |
準決勝敗退 |
CL |
グループリーグ敗退 |
BSC優勝
|
2013-14
|
30 |
18 |
3 |
9 |
61 |
31 |
57 |
3位 |
1位 |
7回戦敗退 |
CL |
グループリーグ敗退 |
BSC優勝
|
2014-15
|
30 |
16 |
9 |
5 |
51 |
30 |
57 |
3位 |
3位 |
準優勝 |
CL EL |
グループリーグ敗退 ベスト32 |
BSC優勝
|
2015-16
|
30 |
15 |
10 |
5 |
51 |
29 |
55 |
3位 |
2位 |
7回戦敗退 |
EL |
ラウンド16 |
|
2016-17
|
30 |
18 |
7 |
5 |
67 |
30 |
61 |
1位 |
1位 |
7回戦敗退 |
CL EL |
予選3回戦敗退 準々決勝敗退 |
|
2017-18
|
30 |
16 |
7 |
7 |
49 |
42 |
55 |
2位 |
3位 |
7回戦敗退 |
CL |
グループリーグ敗退 |
BSC優勝
|
2018-19
|
30 |
15 |
6 |
9 |
49 |
34 |
51 |
4位 |
6位 |
6回戦敗退 |
EL |
グループリーグ敗退 |
|
2019-20
|
29 |
11 |
10 |
8 |
45 |
29 |
43 |
8位 |
— |
準々決勝敗退 |
— |
|
2020-21
|
34 |
15 |
13 |
6 |
51 |
34 |
58 |
3位 |
4位 |
準決勝敗退 |
— |
|
2021-22
|
34 |
18 |
10 |
6 |
72 |
36 |
64 |
3位 |
3位 |
準優勝 |
ECL |
プレーオフ敗退 |
|
2022-23
|
34 |
13 |
7 |
14 |
49 |
46 |
46 |
11位 |
— |
ベスト16 |
ECL |
ベスト8 |
|
2023-24
|
30 |
18 |
9 |
3 |
58 |
30 |
63 |
2位 |
3位 |
ベスト8 |
— |
—
|
2024-25
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
欧州での記録
- 2022年11月3日
大会 |
試 |
勝 |
分 |
敗 |
得 |
失 |
差 |
勝率
|
UEFAチャンピオンズカップ / UEFAチャンピオンズリーグ
|
7002200000000000000♠200
|
7001700000000000000♠70
|
7001440000000000000♠44
|
7001860000000000000♠86
|
7002282000000000000♠282
|
7002320000000000000♠320
|
−38
|
07001350000000000000♠35.00
|
UEFAカップウィナーズカップ
|
7001440000000000000♠44
|
7001290000000000000♠29
|
7000300000000000000♠3
|
7001120000000000000♠12
|
7001860000000000000♠86
|
7001340000000000000♠34
|
+52
|
07001659100000000000♠65.91
|
UEFAカップ / UEFAヨーロッパリーグ
|
7002155000000000000♠155
|
7001740000000000000♠74
|
7001380000000000000♠38
|
7001430000000000000♠43
|
7002257000000000000♠257
|
7002180000000000000♠180
|
+77
|
07001477400000000000♠47.74
|
UEFAヨーロッパカンファレンスリーグ
|
7000900000000000000♠9
|
7000600000000000000♠6
|
7000100000000000000♠1
|
7000200000000000000♠2
|
7001160000000000000♠16
|
7000700000000000000♠7
|
+9
|
07001666700000000000♠66.67
|
インターシティーズ・フェアーズカップ
|
7001180000000000000♠18
|
7001130000000000000♠13
|
5000000000000000000♠0
|
7000500000000000000♠5
|
7001510000000000000♠51
|
7001270000000000000♠27
|
+24
|
07001722200000000000♠72.22
|
UEFAスーパーカップ
|
7000400000000000000♠4
|
7000200000000000000♠2
|
5000000000000000000♠0
|
7000200000000000000♠2
|
7000900000000000000♠9
|
7000600000000000000♠6
|
+3
|
07001500000000000000♠50.00
|
総通算
|
7002428000000000000♠428
|
7002194000000000000♠194
|
7001850000000000000♠85
|
7002149000000000000♠149
|
7002702000000000000♠702
|
7002572000000000000♠572
|
+130
|
07001453300000000000♠45.33
|
欧州の成績
1955-2000
シーズン |
大会 |
ラウンド |
対戦相手 |
スコア |
UEFAポイント
|
1955-56
|
CC
|
1回戦
|
ヴェレシュ・ロボゴーSE
|
3-6, 1-4
|
0.0
|
1956-57
|
CC
|
予選
|
マンチェスター・ユナイテッド
|
0-2, 0-10
|
0.0
|
1959-60
|
CC
|
予選
|
レンジャーズ
|
2-5, 0-2
|
0.0
|
1962-63
|
CC
|
予選
|
レアル・マドリード
|
3-3, 1-0
|
7.0
|
ラウンド16
|
CDNAソフィア
|
2-2, 2-0
|
準々決勝
|
ダンディー
|
1-4, 1-2
|
1964-65
|
CC
|
予選
|
ボローニャ
|
1-0, 1-2, 0-0
|
2.0
|
1回戦
|
リヴァプール
|
0-3, 0-1
|
1965-66
|
CC
|
予選
|
フェネルバフチェ
|
0-0, 5-1
|
8.0
|
1回戦
|
デリー・シティ
|
9-0, w/o
|
準々決勝
|
レアル・マドリード
|
1-0, 2-4
|
1966-67
|
CC
|
1回戦
|
ハカ
|
10-1, 2-0
|
4.0
|
2回戦
|
デュクラ・プラハ
|
1-4, 1-2
|
1967-68
|
CC
|
1回戦
|
カール=マルクス=シュタット
|
3-1, 2-1
|
5.0
|
2回戦
|
スパルタ・プラハ
|
2-3, 3-3
|
1968-69
|
CC
|
1回戦
|
グレントラン
|
3-0, 2-2
|
5.0
|
2回戦
|
マンチェスター・ユナイテッド
|
0-3, 3-1
|
1969-70
|
IF
|
1回戦
|
ヴァルル
|
6-0, 2-0
|
19.0
|
2回戦
|
コールレーン
|
6-1, 7-3
|
ラウンド16
|
ダンファームリン・アスレティック
|
1-0, 2-3
|
準々決勝
|
ニューカッスル・ユナイテッド
|
2-0, 1-3
|
準決勝
|
インテル
|
0-1, 2-0
|
決勝
|
アーセナル
|
3-1, 0-3
|
1970-71
|
IF
|
1回戦
|
ジェリェズニチャル
|
4-3, 5-4
|
10.0
|
2回戦
|
AB
|
3-1, 4-0
|
3回戦
|
ヴィトーリア・セトゥーバル
|
2-1, 1-3
|
1971-72
|
UC
|
1回戦
|
ボローニャ
|
1-1, 0-2
|
1.0
|
1972-73
|
CC
|
1回戦
|
ヴェイレBK
|
4-2, 3-0
|
4.0
|
2回戦
|
スパルタク・トルナヴァ
|
0-1, 0-1
|
1973-74
|
CWC
|
1回戦
|
チューリッヒ
|
3-2, 0-1
|
2.0
|
1974-75
|
CC
|
1回戦
|
スロヴァン・ブラチスラヴァ
|
2-4, 3-1
|
5.0
|
2回戦
|
オリンピアコス
|
5-1, 0-3
|
準々決勝
|
リーズ・ユナイテッド
|
0-3, 0-1
|
1975-76
|
CWC
|
1回戦
|
ラピド・ブカレスト
|
0-1, 2-0
|
16.0
|
2回戦
|
ボラツ・バニャ・ルカ
|
3-0, 0-1
|
準々決勝
|
レクサム
|
1-0, 1-1
|
準決勝
|
ザクセンリンク・ツヴィッカウ
|
3-0, 2-0
|
決勝
|
ウェストハム・ユナイテッド
|
4-2
|
1976
|
SC
|
決勝
|
バイエルン・ミュンヘン
|
4-1, 1-2
|
|
1976-77
|
CWC
|
1回戦
|
ローダJC
|
2-1, 3-2
|
15.0
|
2回戦
|
ガラタサライ
|
5-1, 5-1
|
準々決勝
|
サウサンプトン
|
2-0, 1-2
|
準決勝
|
ナポリ
|
0-1, 2-0
|
決勝
|
ハンブルガーSV
|
0-2
|
1977-78
|
CWC
|
1回戦
|
ロコモティフ・ソフィア
|
6-1, 2-0
|
18.0
|
2回戦
|
ハンブルガーSV
|
2-1, 1-1
|
準々決勝
|
ポルト
|
0-1, 3-0
|
準決勝
|
トゥウェンテ
|
1-0, 2-0
|
決勝
|
アウストリア・ウィーン
|
4-0
|
1978
|
SC
|
決勝
|
リヴァプール
|
3-1, 1-2
|
|
1978-79
|
CWC
|
1回戦
|
バルセロナ
|
3-0, 0-3 (PK 1-4)
|
2.0
|
1979-80
|
UC
|
1回戦
|
ダンディー・ユナイテッド
|
0-0, 1-1
|
2.0
|
1980-81
|
UC
|
1回戦
|
カイザースラウテルン
|
0-1, 3-2
|
2.0
|
1981-82
|
CC
|
1回戦
|
ヴィジェフ・ウッチ
|
4-1, 2-1
|
14.0
|
2回戦
|
ユヴェントス
|
3-1, 1-1
|
準々決勝
|
レッドスター・ベオグラード
|
2-1, 2-1
|
準決勝
|
アストン・ヴィラ
|
0-1, 0-0
|
1982-83
|
UC
|
1回戦
|
Koparit
|
3-0, 3-1
|
22.0
|
2回戦
|
ポルト
|
4-0, 2-3
|
3回戦
|
サラエヴォ
|
6-1, 0-1
|
準々決勝
|
バレンシア
|
2-1, 3-1
|
準決勝
|
ボヘミアンズ・プラハ
|
1-0, 3-1
|
決勝
|
ベンフィカ
|
1-0, 1-1
|
1983-84
|
UC
|
1回戦
|
ブリンFK
|
3-0, 1-1
|
18.0
|
2回戦
|
FCバニーク・オストラヴァ
|
2-0, 2-2
|
3回戦
|
ランス
|
1-1, 1-0
|
準々決勝
|
スパルタク・モスクワ
|
4-2, 0-1
|
準決勝
|
ノッティンガム・フォレスト
|
0-2, 3-0
|
決勝
|
トッテナム・ホットスパー
|
1-1, 1-1 (PK 3-4)
|
1984-85
|
UC
|
1回戦
|
ヴェルダー・ブレーメン
|
1-0, 1-2
|
7.0
|
2回戦
|
フィオレンティーナ
|
1-1, 6-2
|
準々決勝
|
レアル・マドリード
|
3-0, 1-6
|
1985-86
|
CC
|
準々決勝
|
オモニア
|
1-0, 3-1
|
10.0
|
準決勝
|
バイエルン・ミュンヘン
|
1-2, 2-0
|
決勝
|
ステアウア・ブカレスト
|
1-0, 0-3
|
1986-87
|
CC
|
1回戦
|
グールニク・ザブジェ
|
2-0, 1-1
|
7.0
|
2回戦
|
ステアウア・ブカレスト
|
3-0, 0-1
|
準々決勝
|
バイエルン・ミュンヘン
|
0-5, 2-2
|
1987-88
|
CC
|
1回戦
|
マルメFF
|
1-0, 1-1
|
10.0
|
2回戦
|
スパルタ・プラハ
|
2-1, 1-0
|
準々決勝
|
ベンフィカ
|
0-2, 1-0
|
1988-89
|
CWC
|
1回戦
|
メス
|
3-1, 2-0
|
4.0
|
2回戦
|
KVメヘレン
|
0-1, 0-2
|
1989-90
|
CWC
|
1回戦
|
バリーメナ・ユナイテッド
|
6-0, 4-0
|
16.0
|
ラウンド16
|
バルセロナ
|
2-0, 1-2
|
準々決勝
|
アドミラ・ヴァッカー
|
2-0, 1-1
|
準決勝
|
ディナモ・ブカレスト
|
1-0, 1-0
|
決勝
|
サンプドリア
|
0-2
|
1990-91
|
UC
|
1回戦
|
ペトロルル・プロイェシュティ
|
2-0, 2-0
|
10.0
|
2回戦
|
オモニア
|
1-1, 3-0
|
3回戦
|
ボルシア・ドルトムント
|
1-0, 1-2
|
準々決勝
|
ローマ
|
0-3, 2-3
|
1991-92
|
CC
|
1回戦
|
グラスホッパー
|
1-1, 3-0
|
14.0
|
2回戦
|
PSVアイントホーフェン
|
0-0, 2-0
|
グループリーグ
|
パナシナイコス
|
0-0, 0-0
|
レッドスター・ベオグラード
|
2-3, 3-2
|
サンプドリア
|
3-2, 0-2
|
1992-93
|
UC
|
1回戦
|
ハイバーニアン
|
2-2, 1-1
|
8.0
|
2回戦
|
ディナモ・キーウ
|
4-2, 3-0
|
3回戦
|
パリ・サンジェルマン
|
0-0, 1-1
|
1993-94
|
CL
|
1回戦
|
HJKヘルシンキ
|
3-0, 3-0
|
14.0
|
2回戦
|
スパルタ・プラハ
|
1-0, 4-2
|
グループリーグ
|
ミラン
|
0-0, 0-0
|
ヴェルダー・ブレーメン
|
3-5, 1-2
|
ポルト
|
1-0, 0-2
|
1994-95
|
CL
|
グループリーグ
|
ステアウア・ブカレスト
|
0-0, 1-1
|
5.0
|
ベンフィカ
|
1-3, 1-1
|
ハイドゥク・スプリト
|
1-2, 0-0
|
1995-96
|
CL
|
Q
|
フェレンツヴァーロシュ
|
0-1, 1-1
|
1.0
|
1996-97
|
UC
|
1回戦
|
アラニア・ウラジカフカス
|
1-2, 4-0
|
9.0
|
2回戦
|
ヴィトーリア・ギマランイス
|
1-1, 0-0
|
3回戦
|
ヘルシンボリIF
|
0-0, 1-0
|
準々決勝
|
インテル
|
1-1, 1-2
|
1997-98
|
UC
|
予選2回戦
|
ヴォルスクラ・ポルタヴァ
|
2-0, 2-0
|
6.0
|
1回戦
|
アウストリア・ザルツブルク
|
3-4, 4-2
|
2回戦
|
シャルケ04
|
0-1, 1-2
|
1998-99
|
UC
|
予選1回戦
|
ティリグル=ティラス・ティラスポリ
|
1-0, 5-0
|
4.0
|
予選2回戦
|
オシエク
|
1-3, 2-0
|
1回戦
|
グラスホッパー
|
0-0, 0-2
|
1999-00
|
UC
|
予選
|
KF
|
6-1, 3-0
|
8.0
|
1回戦
|
オリンピア・リュブリャナ
|
3-1, 3-0
|
2回戦
|
ボローニャ
|
2-1, 0-3
|
2000-
欧州カップ戦での好成績
準々決勝以上の成績を残した欧州カップ戦の一覧である
- UEFAチャンピオンズカップ / UEFAチャンピオンズリーグ
- 準決勝 : 1981-82, 1985-86
- 準々決勝 : 1962-63, 1965-66, 1974-75, 1986-87, 1987-88
- UEFAカップウィナーズカップ
- 優勝 : 1975-76, 1977-78
- 準優勝 : 1976-77, 1989-90
- UEFAカップ / UEFAヨーロッパリーグ
- 優勝 : 1982-83
- 準優勝 : 1969-70, 1983-84
- 準々決勝 : 1990-91, 1996-97, 2016-17
- UEFAスーパーカップ
現所属メンバー
- 2024-25シーズン 国内リーグ最新節フォーメーション(4-3-3)
- 2024年8月22日現在
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
ローン移籍選手
- in
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
- out
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
歴代会長
- Charles Roos 1908-1910
- Théo Verbeeck 1911-1951
- Albert Roosens 1951-1971
- コンスタン・ファンデン・ストック 1971-1996
- ロジャー・ファンデン・ストック 1996-
歴代監督
1920年にSylva Brébartが初代監督に就任して以来、2012年までに37人の監督(加えて3人の暫定監督)がアンデルレヒト監督を経験した。1946-47シーズン、フランス人のGeorges Perinoはクラブを初タイトル(リーグ優勝)に導いた。歴代最長の在任期間を誇ったのは、1950年から1959年まで(9シーズン)在任したイングランド人のBill Gormlieである。監督を2度経験したのは7人であり、Ernest Churchill Smith、Pierre Sinibaldi、Urbain Braems、レイモン・ゲタルス、アリー・ハーン、Johan Boskamp、フランキー・ベルコーテレンである。
歴代主将
歴代所属選手
脚注
外部リンク
関連項目 |
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グループリーグ |
グループA | |
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グループB | |
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グループC | |
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グループD | |
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グループE | |
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グループF | |
---|
グループG | |
---|
グループH | |
---|
|
---|
決勝トーナメント |
|
---|
UCL - UEL - UECL |
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