河原さぶ
河原 さぶ(かわはら さぶ、1945年11月10日[1] - )は、日本の俳優、タレント。広島県呉市出身[2]。旧芸名は河原 裕昌(かわはら ひろまさ)。1982年に現在の芸名に改名。ホリプロ・ブッキング・エージェンシー所属。 来歴・人物呉市立五番町小学校から、父の転勤で東京に移り、板橋区立上板橋第二小学校、板橋区立上板橋第二中学校を経て、広島市に転居し、広島市立国泰寺中学校、広島県広島国泰寺高等学校を卒業[2]。兄は1960年代に活動した男性コーラス・グループ、「フォー・メイツ」の河原茂樹(河原たけし)で、兄に憧れ上京した[2]。 1965年、東映演技研修所(第一期生)に入所。2年間大部屋俳優として活動するが、「スターにしてくれ」と東映本社に直談判に行き東映をクビになる[2]。無所属時代に森崎東から声をかけられ1970年、森崎監督の映画『高校さすらい派』(松竹)の暴走族役でデビューした[2]。森崎の勧めで劇団雲附属の演劇研究所に入所し、劇団欅に所属、1975年に所属する劇団欅を離れ、演劇集団 円の設立に参加[2]。円には10年近く在籍し、その間テレビドラマの悪役や日活ロマンポルノに出演するも、極貧生活に耐えられず退団。その後は舞台を離れテレビ・映画専門に出演している。 1988年、『母娘監禁 牝』で第9回ヨコハマ映画祭助演男優賞受賞。現在も映画、テレビドラマを中心に出演をしているが、近年は『いい旅・夢気分』、『踊る!さんま御殿!!』、『オオカミ少年』などのバラエティ番組にも出演し、タレント活動も行っている。テレビドラマ『顔』ではオダギリジョーとの共演を果たしている。 テレビアニメ『ガンバの冒険』(1975年)の主題歌「ガンバのうた」を河原裕昌名義で歌っている。河原によると、六本木でギターの流しをしていた時に、作品の音楽を担当した山下毅雄に声をかけられたのがきっかけだったとのこと[3]。また、このときのギャラが5万円であったことを『ダウンタウンDX』で語った(2007年)[出典無効]。 2008年のテレ朝チャンネル『次長課長・河本準一のひと花咲かせましょう』ではアコースティックギターとハーモニカを使ってブルースを歌った。 2011年、腹膜炎を患ったのを機に故郷に戻る。 2013年から実施されている広島県の観光プロモーション「おしい!広島県」に参加。自虐的に「おしい!」を押し出したプロモーションに異を唱え、「おいしい!広島県」を主張して県を紹介する、という役割を演じた。 出演テレビドラマNHK
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TBS
フジテレビ
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テレビ東京
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脚注
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