『けものみち』は、松本清張の長編小説。「けものみち」[1]に迷い込み、戦後日本の権力構造を垣間見た者たちの運命の変転を描く、著者の社会派サスペンスの代表的長編。『週刊新潮』(1962年1月8日号 - 1963年12月30日号、連載時の挿絵は生沢朗[2])に連載され、1964年5月、新潮社から単行本として刊行された。後に電子書籍版も発売されている。
1965年に東宝で映画化、また3度テレビドラマ化されている。
あらすじ
成沢民子は脳軟化症のために動けなくなった夫・成沢寛次を養うため、割烹旅館・芳仙閣で住み込みの女中をしていた。しかし、寛次はそんな民子をいたわるどころか、日々、猜疑心を募らせ、民子が家に戻るたびに、執拗にいたぶるのだった。
ある日、芳仙閣にニュー・ローヤル・ホテルの支配人・小滝章二郎が訪れる。小滝は民子に、今の生活から抜け出し、もっと安楽な生活に導く手助けをするようなことをほのめかす。民子は小滝の誘いに乗ることを決意し、失火に見せかけて夫を焼き殺す。そして、民子は弁護士・秦野重武によって、政財界の黒幕・鬼頭洪太の邸宅に連れて行かれる。小滝の誘いとは、鬼頭の愛人になることだったのである。民子は鬼頭の相手を務める一方、小滝とも関係を持ち、鬼頭の後ろ盾を得て、奔放な生活を送るようになる。
そのころ、寛次の焼死事件は、小滝が民子のアリバイを証言したこともあり、警察と消防によって失火と断定された。しかし、事件を担当した刑事・久恒義夫は、事件に不審を抱いて独自に捜査を進め、民子が夫を焼き殺したという結論に達する。民子の美貌に魅せられた久恒は、自分が集めた証拠を民子にちらつかせ、民子にたびたび関係を迫る。
しかし、逆に久恒はささいな理由で警察官を免職される。自分を免職にした上司の背後に鬼頭の姿を見た久恒は、自分が調べ上げた鬼頭の闇の部分を手紙にしたため、新聞社に持ち込むが、鬼頭の力を恐れる新聞社は久恒のネタをどこも採用しなかった。改めて鬼頭の実力を知った久恒は、失踪した鬼頭家の女中頭・米子の殺害事件の証拠を集めて鬼頭を追い詰めようとする。
登場人物
- 成沢民子(なるさわ たみこ)
- 旅館「芳仙閣」の女中。31歳。現在の閉鎖的な生活から逃げ出したいと思っている。
- 小滝章二郎(こたき しょうじろう)
- 赤坂の「ニュー・ローヤル・ホテル」支配人。
- 鬼頭洪太(きとう こうた)
- 政財界に不思議な実力を持っている怪物的老人。麻布の大邸宅に住む。2年前より脳軟化症を患っている。
- 秦野重武(はたの しげたけ)
- ニュー・ローヤル・ホテルにすでに2年逗留し続けている男。
- 久恒義夫(ひさつね よしお)
- 警視庁捜査一課の古参刑事。
- 成沢寛次(なるさわ かんじ)
- 民子の夫。脳軟化症で寝たきりとなる。
- 米子(よねこ)
- 鬼頭邸を取り仕切る女中頭。かつては鬼頭の愛人だった。
- 黒谷(くろたに)
- 鬼頭邸をうろつく得体の知れないグループの一人。
エピソード
- 和田勉によれば、著者が本作を書くきっかけは、仲居からの一通の身の上相談の手紙であったという[3]。本作は(以前に連載された)『わるいやつら』以上の評判を呼び、本作連載時の『週刊新潮』は120万部を発行し、増刷となった[4]。
- 小説中の「ニュー・ローヤル・ホテル」は、赤坂の高台にある3年前に新築されたホテルと描写されているが[5]、モデルをホテルニュージャパンとする推測がなされている[6]。
- 本小説に登場する鬼頭洪太のモデルについて、推理小説評論家の権田萬治は、児玉誉士夫と推測し、加えて、辻トシ子(元・岸内閣副総理秘書官)の証言からトシ子の父である辻嘉六とする説も紹介している[7]。また、当時清張の専属速記者を務めた福岡隆は、秦野重武にはモデルがあるとしている[8]。文芸評論家の細谷正充は、「政財界を裏から操る黒幕」という設定は、大藪春彦や森村誠一の小説、のちにはコミックなどのエンターテイメント作品に広く流布されているが、本作は、政財界の設定を使い勝手の良いガジェットとして扱うのではなく、政財界の闇そのものを真正面から取り上げ、徹底的にリアルな掘り下げをした点で、意外なほど少ない、例外的な作品となっていると評している[9]。
映画
1965年9月5日、東宝製作・配給で公開された。DVD化されている。
キャスト
スタッフ
関連商品
テレビドラマ
1982年版
『松本清張シリーズ・けものみち』のタイトルで、1982年1月9日から1月23日まで毎週土曜日20時 - 21時10分にNHK『土曜ドラマ』で放送された。全3回。主演は名取裕子。2022年4月9日に一挙再放送された。
視聴率[10]は、第1回18.2%・第2回15.8%・第3回18.7%。平均視聴率は17.6%(関東地区・ビデオリサーチ社調べ)。DVD化されている。
概要
第15回テレビ大賞優秀番組賞受賞作品。当時NHKのディレクターであった和田勉が、仕事上のトラブルに陥っていた名取に、民子役として直接出演を依頼し、制作された作品[11]。小滝役には「ザ・商社」の山崎努、久恒役にはお笑いで人気を博していた伊東四朗が起用された。また、鬼頭邸の庭のシーンは(ドラマ制作当時の)清張邸で撮影されている[12]。
キャスト
スタッフ
関連商品
NHK 土曜ドラマ |
前番組 |
番組名 |
次番組 |
価格破壊(1981年11月7日 - 11月21日)
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松本清張シリーズ けものみち (1982年1月9日 - 1月23日)
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第1次(1975年 - 1984年) |
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1975年 - 1979年 | |
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1980年 - 1984年 | |
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第2次(1988年 - 1998年) |
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1988年 - 1989年 | |
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1990年 - 1994年 | |
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1995年 - 1998年 | |
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第3次(2005年 - 2011年) |
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2005年 - 2009年 | |
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2010年 - 2011年 | |
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第4次(2013年 - ) |
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2013年 | |
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2016年 | |
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2024年 | |
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2025年 | |
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土曜ドラマスペシャル(2011年 - 2013年、2017年 - 2019年) |
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2011年 | |
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※特記がない限りは21時放送。 「*」…20時放送。 「★」…22時放送。
カテゴリ |
1991年版
『松本清張作家活動40年記念・けものみち』のタイトルで、1991年12月24日火曜日21時3分 - 22時52分に日本テレビ系2時間ドラマ「火曜サスペンス劇場」で放送された。主演は十朱幸代。
視聴率は18.1%(関東地区・ビデオリサーチ社調べ)。
キャスト
スタッフ
2006年版
『松本清張 けものみち』のタイトルで、2006年1月12日から3月9日まで毎週木曜日21時 - 21時54分にテレビ朝日系『木曜ドラマ』で放送された。主演は米倉涼子。DVD化されている。
キャスト
成沢家
- 成沢民子〈30〉
- 演 - 米倉涼子
- 料亭旅館「芳仙閣」の仲居。宝石デザイナーを夢見て夫と結婚する。
- 成沢寛次〈35〉
- 演 - 田中哲司
- 民子の夫。脳梗塞で身体が不自由、寝たきりの生活を送る。
- 杉原七々美〈21〉
- 演 - 上原美佐
- 民子の家で家事手伝いのアルバイトをしている女子美大生。
久恒家
- 久恒春樹〈40〉
- 演 - 仲村トオル
- 世田谷東署のノンキャリア刑事。
- 久恒薫
- 演 - 網浜直子
- 久恒の妻。
- 久恒太郎
- 演 - 吉川史樹
- 久恒の息子。
ニュー・ローヤル・ホテル
- 小滝章二郎〈44〉
- 演 - 佐藤浩市
- 「ニュー・ローヤル・ホテル」総支配人。芳泉閣で民子を見初める。
- 秦野重武〈47〉
- 演 - 吹越満
- 弁護士の肩書きを持ち、ニュー・ローヤル・ホテルを常宿としている。
鬼頭の邸宅
- 鬼頭洪太〈72〉
- 演 - 平幹二朗
- 政財界の裏を担うフィクサー。
- 佐伯米子〈40〉
- 演 - 若村麻由美
- 鬼頭家を取り仕切る女性。
- 黒谷富雄〈31〉
- 演 - 前川泰之
- 鬼頭家の使用人兼警備。
芳仙閣
- 武藤美代子
- 演 - 星野真里
- 芳仙閣の仲居。民子に複雑な思いを持つ。
- 如月初音〈45〉
- 演 - 東ちづる
- 芳仙閣の女将。民子に小滝を紹介する。
その他
※ 以下、カッコ内は出演話数
スタッフ
放送日程
各話 |
放送日 |
サブタイトル |
演出 |
視聴率
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第1話 |
2006年1月12日 |
裸の女王 |
松田秀知 |
16.4%
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第2話 |
1月19日 |
愛人vsお局様 |
16.2%
|
第3話 |
1月26日 |
本物のワル |
藤田明二 |
16.1%
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第4話 |
2月02日 |
女帝の激突 |
15.5%
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第5話 |
2月09日 |
想定外の女帝 |
松田秀知 |
13.3%
|
第6話 |
2月16日 |
愛人の意地 |
藤田明二 |
12.9%
|
第7話 |
2月23日 |
麻布の女帝、衝撃の死 |
福本義人 |
13.4%
|
第8話 |
3月02日 |
鬼頭の死〜莫大な遺産 |
松田秀知 |
13.6%
|
最終話 |
3月09日 |
生き残る!女帝最後の賭け |
14.5%
|
平均視聴率 14.7%(視聴率は関東地区・ビデオリサーチ社調べ)
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関連商品
テレビ朝日系 木曜ドラマ |
前番組 |
番組名 |
次番組 |
熟年離婚(2005年10月13日 - 12月8日)
|
松本清張 けものみち (2006年1月12日 - 3月9日)
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一覧 | |
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か行 | |
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ま - わ行 | |
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関連項目 | |
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脚注
- ^ タイトルの含意に関しては、小説冒頭に暗示的な説明が付されている。
- ^ 第21回から第27回までは、生沢が渡欧したため、宮下寿紀が担当した。『週刊 松本清張』第7号(2009年、デアゴスティーニ・ジャパン)11頁参照。
- ^ 和田勉「テレビドラマと清張さん」(『状況曲線』(1992年、新潮文庫)下巻巻末に収録)参照。
- ^ 福岡隆『人間松本清張 - 専属速記者九年間の記録』(1968年、大光社)177頁に加えて、『週刊 松本清張』第7号 11頁参照。
- ^ 第一章第二節参照。
- ^ 『週刊 松本清張』第7号 19・34頁参照。同ホテルはのちに出火・解体され、現在は跡地にプルデンシャルタワーが建てられている。
- ^ 権田萬治『松本清張 時代の闇を見つめた作家』(2009年、文藝春秋)第八章に加えて、日本推理作家協会会報2月号を参照。
- ^ 福岡『人間松本清張 - 専属速記者九年間の記録』177頁参照。
- ^ 細谷正充「清張がえぐった日本社会の不気味な断面」(『週刊 松本清張』第7号掲載)参照。
- ^ 「テレビ視聴率季報」(関東地区)ビデオリサーチ。
- ^ 和田の依頼に対して、名取は出演を即答したが、その後も和田は、収録に来る名取を、NHKの玄関で連日待ち受け、演技やメークに細かく注文をつけた。本ドラマは、NHK開局初と言われた過激なシーンにより、企画の段階で異論が出され、また再放送時は、編集をやり直し、名取の息づかいを「音」として消すなどの処理が行われた。後年(2006年版テレビドラマで民子を演じた)米倉涼子は、2006年版制作発表会見で(1982年版テレビドラマを見て)「とても衝撃的で自分がこの役をやるのかと思うと、焦り、動揺してプロデューサーに即電話をしました」と述べている。以上『週刊 松本清張』第7号 20-21頁参照。
- ^ 『週刊 松本清張』第7号 21頁参照。
- ^ 名取裕子 - NHK人物録
- ^ 石橋蓮司 - NHK人物録
外部リンク