鱗甲目 (りんこうもく、Pholidota)は、哺乳綱 に分類される目 。現生種ではセンザンコウ(穿山甲)科 センザンコウ属のみで本目を構成する。以前は有鱗目 とされることもあった[ 4] 。鱗甲目の現生種8種を総称してセンザンコウ (穿山甲)と呼ぶ。
哺乳類でありながら硬い鱗 で覆われているのが特徴で、丸まって外敵から身を守る。典型的なアリ・シロアリ食者であり、歯がなく、長い吻、長い舌、強力な前肢、長い爪、鋭い嗅覚をもつ[ 6] 。中華圏 、インド文化圏などで鱗や肉に薬効があると信じられているため、アジア とアフリカ大陸 に生息する8種全てが密猟 により絶滅 の危機にある[ 7] 。
分類
形態や食性から、古くは貧歯類 に含まれていた[ 5] 。体の構造が異なるため別の目として独立させられた。従来の化石 研究では食肉目 に最も近い動物群であることが知られていたが、近年の遺伝子 研究に基づく新しい系統モデルでも、4つの大グループのうちローラシア獣類 の一つとして、食肉目や奇蹄目 などの近縁グループとされている。多数の絶滅群を含むキモレステス目 内の有鱗亜目・鱗甲亜目とされることもある。
アフリカ大陸に分布する種をアフリカセンザンコウ属Phataginus に分類する説もあった。一方で現生種と化石種1種の頭蓋の比較から、それらは全体として単系統群だがアフリカセンザンコウ属Phataginus は偽系統群であるとしてセンザンコウ属のシノニム とする説もある[ 2] 。
以下の分類・英名は、Schlitter(2005)に従う[ 2] 。和名は川田ら(2018)に従う[ 3] 。
Manis 亜属
Paramanis 亜属
Phataginus 亜属
Smutsia 亜属
Uromanis 亜属
センザンコウ科の化石記録は始新世 中期から更新世 まで断続的に発見されており、その大半がヨーロッパ から発見されている。現生のものと同属 の化石は、アジアとアフリカの中新世 後期及び鮮新世 前期以降のものが知られている[ 8] 。
化石種も含めた下位分類は必ずしも定説をみていないが、センザンコウ科以外の絶滅科としては、いずれも始新世の北米大陸 に生息していた†エピコテリウム科(Epoicotheriidae Simpson,1927)[ 9] 、†パトリオマニス科(Patriomanidae Emry,1970)、†メタケイロミス科(Metacheiromyidae Wortman,1903)[ 10] などが提唱されている。
†エオマニス Eomanis は典型的なセンザンコウの形態であるが、鱗が尾の途中までしかない[ 6] 。
系統
鱗甲目の系統的位置[ 11] [ 12] [ 13] [ 14] [ 15]
鱗甲目の内部系統[ 16] [ 17]
センザンコウ科内部の系統[ 16] [ 17] [ 18] [ 19]
現生種の特徴
形態
センザンコウの鱗の構造
丸まって身を守るセンザンコウ
オオセンザンコウは頭胴長(体長 )75 - 85センチメートル、尾長65 - 80センチメートル、体重25 - 33キログラム[ 4] 。オナガセンザンコウが体長30 - 35センチメートル、尾長55 - 65センチメートル、体重1.2 - 2.0キログラム[ 4] 。オナガセンザンコウやキノボリセンザンコウは物に巻きつけることができる長い尾を持ち、オナガセンザンコウの尾椎は46 - 47個で哺乳綱の中では最も多い[ 4] [ 5] 。全身は腹面と四肢の内側を除いて、角質 の鱗で覆われる[ 4] 。目名Pholidotaは古代ギリシャ語 のpholisやpholidosに由来し、「鱗」の意[ 20] 。
頭部は円錐状で、頭骨は単純な形状をしている[ 4] 。耳介 は退化しているか、消失している[ 4] 。歯や咀嚼 するための筋肉はなく、角質の胃で獲物をすり潰す[ 4] [ 5] 。
分布
アフリカ大陸(セネガル からケニア 、南アフリカ共和国 にかけて)、アジア(インド から中華人民共和国 南部、台湾 、スマトラ島 、ボルネオ島 にかけて)[ 4] 。
生態
森林やサバンナ などに生息する[ 4] 。オナガセンザンコウやキノボリセンザンコウは樹上棲[ 4] 。夜行性 だが、キノボリセンザンコウは昼間に活動することもある[ 5] 。属名Manis はラテン語 で「死霊・オバケ」の意があるmanesに由来し、夜間に活動することに由来する[ 20] 。昼間は地下に掘った巣穴や岩の隙間、樹洞 などで休む[ 5] 。地表棲の種は前肢の爪を内側へ丸めこみ、前肢の甲の外側を接地して移動する[ 4] 。尾を支点にして立ち上がったり、後肢を使って素早く移動したりすることもある[ 4] 。
アリ やシロアリ を食べる[ 4] 。
主に1回に1頭(種によっては2 - 3頭を産んだ例もあり)の幼獣を産む[ 4] 。
人間との関係
食用とされたり、鱗が薬用や魔除けなどになると信じられていることもある[ 5] 。
1995年にセンザンコウ属単位で絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約 (ワシントン条約)附属書IIに掲載された。2000年にはインドセンザンコウ・パラワンセンザンコウ、マレーセンザンコウ、ミミセンザンコウの輸出割当が0とされた。2017年にはセンザンコウ属単位でワシントン条約附属書IIに掲載されているものの全種が種単位でワシントン条約附属書Iに掲載された[ 21] 。
中国ではセンザンコウを「鯪鯉 」などと表記し、古くは魚の一種だと考えられていた。李時珍 『本草綱目 』にも記載があり、鱗は漢方薬 、媚薬 の材料として珍重されている。実際にはセンザンコウの鱗は人間の毛や爪と同じケラチン 質が主成分であり、古来語られているような薬効は西洋医学の観点からは現時点で確認されていないが、2000年代に入ってもなお中国などへ向けた密輸品が摘発されている[ 22] [ 23] 。インドでは希少生物としての保護に加えて、新型コロナウイルス の媒介源の可能性があるとして捕獲が禁止されているが、密猟が続いている[ 24] 。
インドでは鱗がリウマチ に効くお守りとして用いられているほか、中国やアフリカではセンザンコウの肉を食用、鱗を魔よけとして用いることもある。ベトナム ではジャライ族 が民族楽器クニー の素材として用いる。
革 が皮革製品の材料に使われることもあるが、ほとんど流通していない稀少品として価値をつけられている。
出典
^ I, II and III (valid from 22 June 2021) <https://cites.org/eng > [Accessed 25/06/2021]
^ a b c d e f Duane A. Schlitter, "Order Pholidota ," Mammal Species of the World , (3rd ed.), Don E. Wilson & DeeAnn M. Reeder (ed.), Volume 1, Johns Hopkins University Press, 2005, Page 530 - 531.
^ a b c d 川田伸一郎 他 「世界哺乳類標準和名目録 」『哺乳類科学』58巻 別冊(日本哺乳類学会 、2018年)1 - 53頁
^ a b c d e f g h i j k l m n o p Christopher Dickman「センザンコウ」伊澤紘生 訳『動物大百科 6 有袋類ほか』(今泉吉典監修 D.W.マクドナルド編、平凡社 、1986年)56 - 57頁
^ a b c d e f g 川道武男 「鎧をまとって身を守る センザンコウ」『動物たちの地球58 哺乳類II 10 ネズミ・ウサギほか』(朝日新聞社 、1992年)316 - 317頁
^ a b 冨田幸光 『新版 絶滅哺乳類図鑑』伊藤丙雄・岡本泰子イラスト、丸善出版、2011年、72頁。
^ 世界で一番密猟される哺乳類、センザンコウ WWFジャパン (2020年2月15日)2021年12月31日閲覧
^ 『絶滅哺乳類図鑑』63頁
^ G. G. Simpson. 1927. "A North American Oligocene edentate" Annals of Carnegie Museum 17(2):283-299
^ J. L. Wortman. 1903."Studies of Eocene Mammalia in the Marsh Collection, Peabody Museum." Part II. Primates. Suborder Cheiromyoidea. The American Journal of Science, series 4 16:345-368
^ O’Leary, M. A., Bloch JI, Flynn, J. J., Gaudin, T. J., Giallombardo, A., Giannini, N. P., Goldber, S. L, Kraatz, B. P., Luo, Z-X, Jin Meng, Xijun Ni, Novacek, M. J., Perini, F. A., Randall, Z. S., Rougier, G. W., Sargis, E. J., Silcox, M. T., Simmons, N. B., Spaulding, M. Velazco, P. M., Weksler, M., Wible, J. R. Cirranello, A. L. (2013.) "The Placental Mammal Ancestor and the Post–K-Pg Radiation of Placentals." Science 339:6120:662-667.
^ Burger, Benjamin J. (15 October 2015). The Systematic Position of the Saber-Toothed and Horned Giants of the Eocene: The Uintatheres (Order Dinocerata) (PDF) . Society of Vertebrate Paleontology 75th Annual Meeting. Dallas. 2020年2月20日閲覧 。 Conference abstract (p. 99) . Explanation and conclusions: Episode 17: Systematic position of the Uintatheres (Order Dinocerata) - YouTube .
^ Orliac, M. J.; o'Leary, M. A. (2016). “The inner ear of Protungulatum (Pan-Euungulata, Mammalia)” . Journal of Mammalian Evolution 23 (4): 337–352. doi :10.1007/s10914-016-9327-z . https://link.springer.com/article/10.1007/s10914-016-9327-z .
^ Frank Zachos (2020.) "Mammalian Phylogenetics: A Short Overview of Recent Advances"
^ Xue Lv, Jingyang Hu, Yiwen Hu, Yitian Li, Dongming Xu, Oliver A. Ryder, David M. Irwin, Li Yu (2021.) "Diverse phylogenomic datasets uncover a concordant scenario of laurasiatherian interordinal relationships" , Molecular Phylogenetics and Evolution, Volume 157
^ a b Gaudin, Timothy (28 August 2009). “The Phylogeny of Living and Extinct Pangolins (Mammalia, Pholidota) and Associated Taxa: A Morphology Based Analysis” . Journal of Mammalian Evolution (Heidelberg, Germany: Springer Science+Business Media ) 16 (4): 235–305. doi :10.1007/s10914-009-9119-9 . オリジナル の25 September 2015時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150925134257/http://web2.utc.edu/~gvv824/Gaudin%20et%20al%202009.pdf 14 May 2015 閲覧。 .
^ a b Kondrashov, Peter; Agadjanian, Alexandre K. (2012). “A nearly complete skeleton of Ernanodon (Mammalia, Palaeanodonta) from Mongolia: morphofunctional analysis”. Journal of Vertebrate Paleontology (Bethesda Maryland: Taylor & Francis ) 32 (5): 983–1001. doi :10.1080/02724634.2012.694319 .
^ du Toit, Z.; du Plessis, M.; Dalton, D. L.; Jansen, R.; Paul Grobler, J.; Kotzé, A. (2017). “Mitochondrial genomes of African pangolins and insights into evolutionary patterns and phylogeny of the family Manidae” . BMC Genomics 18 (1): 746. doi :10.1186/s12864-017-4140-5 . PMC 5609056 . PMID 28934931 . https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5609056/ .
^ Gaubert, Philippe; Antunes, Agostinho; Meng, Hao; Miao, Lin; Peigné, Stéphane; Justy, Fabienne; Njiokou, Flobert; Dufour, Sylvain et al. (11 May 2018). “The Complete Phylogeny of Pangolins: Scaling Up Resources for the Molecular Tracing of the Most Trafficked Mammals on Earth” (英語). Journal of Heredity 109 (4): 347–359. doi :10.1093/jhered/esx097 . PMID 29140441 .
^ a b Martha E. Hieath "Manis pentadactyla ". Mammalian Species , No. 414, American Society of Mammalogists, 1992, Pages 1-6.
^ UNEP (2021). Manis crassicaudata . The Species+ Website. Nairobi, Kenya. Compiled by UNEP-WCMC, Cambridge, UK. Available at: www.speciesplus.net . [Accessed 25/06/2021]
^ “冷凍センザンコウ14トンを押収、インドネシア” . ナショナル ジオグラフィック (ナショナル ジオグラフィック協会 ). (2008年8月7日). https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/220/ 2023年12月5日 閲覧。
^ “センザンコウの大量密輸摘発、タイ” . NHK News Web (NHK (cache)). (2012年5月27日). オリジナル の2012年5月30日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120530072257/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120527/k10015410111000.html 2012年5月28日 閲覧。
^ 【コロナで変わる世界】第2部パンデミックと社会(4)インド 密猟急増/野生動物 感染媒介か 『毎日新聞 』朝刊2021年1月6日1面(2021年12月31日閲覧)
センザンコウに関する著作
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
鱗甲目 に関連するカテゴリがあります。
ウィキスピーシーズに
鱗甲目 に関する情報があります。