コウモリ
コウモリ(蝙蝠[4])は、哺乳類翼手目(よくしゅもく、Chiroptera、コウモリ目[5])に属する構成種の総称である。世界各地に約1000種~1400種が棲息する[6][7]。 別名に天鼠(てんそ)、飛鼠(ひそ)がある。 特徴翼手類は翼をもち、完全な飛行ができる動物である。前肢が翼として飛行に特化する形に進化しており、多くの鳥類と同様、はばたくことによって飛行するが、コウモリの翼は鳥類の翼と大きく構造が異なっている。鳥類の翼は羽毛によって包まれているが、コウモリの翼は飛膜と呼ばれる伸縮性のある膜でできている。哺乳類では、他にもムササビ、モモンガ、ヒヨケザルなどの飛膜を広げて滑空する種が知られているが、鳥類に匹敵するほどの完全な飛行能力を有するのは翼手目のみである。 コウモリの前肢(前足)は、親指が普通の指の形で鉤爪があることを除けば、全て細長く伸びている。飛膜はその人差し指以降の指の間から、後肢(後ろ足)の足首までを結んでいる。腕と指を伸ばせば翼となって広がり、腕を曲げればこれを折りたたむことができる。さらに後ろ足と尾の間にも飛膜を持つものも多い。また、鳥と異なり、後ろ足は弱く、立つことができない。休息時は後ろ足でぶら下がる。前足の親指は爪があって、排泄時など、この指でぶら下がることもできる。また、場合によってはこの指と後ろ足で這い回ることができる。 ココウモリ類は超音波を用いた反響定位を行うことでよく知られている。種によって異なるが、主に30kHzから100kHzの高周波を出し、その精度はかなり高く、ウオクイコウモリのように微細な水面の振動を感知し、水中の魚を捕らえるものまでいる。コウモリの存在する地域における夜行性の昆虫やカエルなどは反響定位対策となる器官や習性を持つものも多い。ただし、大型のオオコウモリの仲間は反響定位を行わない種が多い。 哺乳類は一般に大型のものほど長命であるが、コウモリ類は身体の大きさの割に非常に長生きで、体重20~30gにすぎないキクガシラコウモリが20年以上生きた例も有る。これは、空を飛べて夜行性であるために天敵が少なく死亡率が低いこと、空を飛ぶという制約から高い繁殖力を持てず(ほぼすべての種で、1回の繁殖期でもうける子供は1頭だけである)、充分な数の子孫を残すには長命になるしかなかったことなどが考えられる。コウモリはこうした長命を保つために特殊な代謝をしている事が窺われ、休眠時は呼吸や心拍数が極端に下がり一種の仮死状態となる。鳥類でも同様の代謝を持つ進化を遂げた動物としてハチドリなどがいる。 竹竿(和竿)の先に鳥黐(とりもち)を付け、それを振ってコウモリをおびき寄せ、接着させて捕獲することができる。しかし、#コウモリと感染症に詳述するように、コウモリは狂犬病をはじめとする様々な人獣共通感染症のキャリアとなりうるため、危険を伴う。 熱帯においては、花の蜜や花粉を食べる種があるため、それに対する適応として花粉の媒介をコウモリに期待する、コウモリ媒の花がある。 コウモリは目の前の獲物だけでなく、次の獲物の位置も先読みしながら最適なルートを飛んでいる[注釈 1]。 進化→「コウモリの翼の進化」を参照
恐竜の栄えた中生代において、飛行する脊椎動物の主流は恐竜に系統的に近い翼竜と恐竜の直系子孫である鳥類が占めていた。中生代の終結において、恐竜とともに翼竜は絶滅し、鳥類も現生の鳥類に繋がる新鳥類以外の系統が絶えた。これにより、飛行する脊椎動物という生態系ニッチには幾分か「空き」ができた。ここに進出する形で哺乳類から進化したのがコウモリ類である。コウモリが飛行動物となった時点では、鳥類は既に確固とした生態系での地位を得ていたため、コウモリはその隙間を埋めるような形での生活圏を得た。 コウモリの直系の祖先にあたる動物や、コウモリが飛行能力を獲得する進化の途上過程を示す化石は未だに発見されていない。恐らく彼等は樹上生活をする小さな哺乳類であり、前肢に飛膜を発達させることで、樹上間を飛び移るなど、活動範囲を広げていき、最終的に飛行能力を得たと思われる。確認される最古かつ原始的なコウモリはアメリカ合衆国ワイオミング州で化石が産出したオニコニクテリスで、始新世初期(約5200万年前)の地層から発見されている。この時期には既に前肢は(現生群に比べ短いなどの原始的特徴が目立つものの)翼となっており、飛行が可能になっていたことは明白である。化石から耳の構造を詳細に研究した結果、反響定位を持っていなかったことが判明し、コウモリはまず飛行能力を得たのちに、反響定位を行う能力を得たことが分かっている。 分布翼手目は南極大陸以外の全大陸に分布し、さらに海洋島にも広く分布する。このような例は人為分布を除いては哺乳類の中では他にない。これは、哺乳類が(クジラ類などの例外を除けば)陸上動物であり、しかも大きく進化したのが大陸移動による各大陸の分裂後であったため、陸橋等の存在如何でその分布が大きく制限されているのに対し、翼手目は鳥類同様に翼による飛翔能力を持ち、海などによって遮られた場所でも自由に移動できたためであると考えられている。 たとえば、ハワイ諸島において、在来の陸上哺乳類はアカコウモリ属の1種のみだった。 分類位置づけ
古代ローマの博物学者であるプリニウスは、コウモリのことを「翼持つネズミ」と呼び、鳥類に分類していた。江戸時代、小野蘭山の『本草綱目啓蒙』でも、「かはほり」(コウモリ)はムササビと共に鳥類に分類されている。 近代分類学では哺乳類に分類されたが、その始祖と言うべきカール・フォン・リンネは、主にオオコウモリの形態からコウモリを霊長類に分類した[14]。その見解が否定されて後も、霊長目(サル目)などと共に主獣類として分類されていた。 オオコウモリが霊長類に近いという説はその後もあり、1986年「ココウモリとオオコウモリでは、脳と視神経の接続の仕方がまったく異なり、オオコウモリのそれは霊長目および皮翼目(ヒヨケザル目)と同一で、他の哺乳類には見られない独特のものである」ことを主な根拠に、「ココウモリはトガリネズミ目から進化し、オオコウモリはそれより後に霊長目から進化した」という、コウモリ類2系統説が提唱された[15]。 しかし、1990年代からの分子系統の研究により、翼手目はやはり単系統で、食肉目(ネコ目)、鯨偶蹄目、奇蹄目(ウマ目)、鱗甲目(センザンコウ目)などと共に、ローラシア獣上目の系統に属することが明らかになった。なお、主獣類は多系統だったもののコウモリを除けば単系統であり、真主獣類として現在も認められている。 2006年、東京工業大学のグループによる研究(レトロポゾンの挿入の分析)によって、翼手目はローラシア獣類の中でも奇蹄目や食肉目、鱗甲目に近縁であるという説が提唱された[16]。奇蹄目のウマと翼を持つコウモリが含まれることから、ギリシャ神話の有翼馬であるペーガソス (希: Πήγασος, Pēgasus) にちなんだペガサス野獣類 (Pegasoferae) がこの系統の名称として提案された。 しかしその後の複数の分子系統解析から、翼手目は真無盲腸目の姉妹群であるScrotifera類の中の最初の分岐群であることがわかっており、Ferunglata(有蹄類(鯨偶蹄目+奇蹄目)+広獣類(食肉目+鱗甲目))と姉妹群である[10][13]。 オオコウモリとココウモリ伝統的に、翼手目は大翼手亜目(オオコウモリ亜目 Megachiroptera、オオコウモリ類)と小翼手亜目(コウモリ亜目 Microchiroptera、ココウモリ類)に分けられてきた。 オオコウモリはその名のとおり大型のコウモリの仲間で、オオコウモリ科の1科のみが属する。中には翼を広げた幅が2mに達する種もある。よく発達した視覚によって、植物性の食物を探す。果実を好み、農業従事者からは害獣として扱われる場合もある。オオコウモリのほとんどの種は反響定位を行わない[注釈 2]。 ココウモリは小型のコウモリの仲間で、17科が属し、多くの種に分かれている。多くが食虫性であるが、植物食、肉食、血液食など様々な食性の種がいる。コウモリ亜目の特徴は、反響定位をすることである。超音波を発し、その反響を検知することで、飛行中に障害物を避けたり、獲物である昆虫等を見つけたりすることができる。 オオコウモリとココウモリには翼を持つという共通点があるが、それを除けばあまりにも多くの違いがあるため、上記の通り「別々の祖先から進化し、独立に飛行能力を獲得したのではないか」という説もあった。しかし、最近のミトコンドリアDNA配列の解析により、オオコウモリとココウモリは系統的にも近縁であることが明らかになっており、どちらも飛行能力を初めて獲得した共通の祖先から進化したものと考えられている。 1997年のマッケンナとベルによる分類体系では、小翼手亜目の下に陽翼手下目Yangochiropteraと陰翼手下目Yinochiropteraの2グループが置かれていた[2]。2001年に分子系統によって、小翼手亜目は側系統であり、小翼手亜目の一部はオオコウモリ科に近縁であることがわかった。その系統に基づき、翼手目をYangochiroptera亜目(新たな陽翼手類)とYinpterochiroptera亜目(新たな陰翼手類)に分類しなおすことが提案された。これによる新たな陽翼手類Yangochiropteraはココウモリの一部(旧陽翼手下目)、新たな陰翼手類Yinpterochiropteraはココウモリの残り(旧陰翼手下目)とオオコウモリ科を含むものである[17]。VespertilioniformesとPteropodiformesも同様のコンセプトによる分類群であり、より簡潔した分類名として提案されている[18]。 科と主な種以下は上述の新しい分類に基づくものである。
日本のコウモリ日本では、移入種を除く約100種の哺乳類のうち、約3分の1に当たる35種(種数は分類説により若干変動する)をコウモリ類が占めており、約4分の1に当たる齧歯目24種を抑えて、最多の種数を擁している。また、近年は琉球列島の島々に固有種が発見されている。 このうち、オオコウモリ類は熱帯性で、日本では小笠原諸島と南西諸島にのみ分布する。 ただし、個々の種についてみれば、個体数が少ないと判定されているものもあり、多くの種がレッドデータブック(環境省版)入りとなっている。これには、日本ではコウモリの研究者が少なく、生息調査も散発的であるという事情もあるが、実際に絶滅の危険がある状態にあると考えられているものも多い。特に、森林性のコウモリについては、その生活の場である自然の広葉樹林と、それ以上に、住みかとなる樹洞ができるような巨木が極めて減少しており、棲息環境そのものが破壊されていることが、大きな問題となっている。コウモリ用の巣箱などが工夫されているが、普及していない。 洞窟に生活するもの(洞穴生物)は、集団越冬の場所などが天然記念物となっている場所もある。いずれにせよ、彼らの生活そのものも、未だに謎が多い。ユビナガコウモリなど、集団繁殖する種もある。これらのものでは、季節的に大きな移動を行っている可能性が高いが、具体的な習性については、現在研究が進められつつある段階である。 日本在来種
文化
一般にコウモリといえば西洋では吸血鬼につながるイメージがあるが、実際には他の動物の血を吸う種(チスイコウモリ)はごくわずかであり、たいていは植物(主に果実)や虫などの小動物を食べる。そもそも吸血性のコウモリは中央アメリカから南アメリカにかけてのみ分布し、旧大陸にそれについての知識が伝わったのも吸血鬼との同一視も、ヨーロッパ人の新大陸進出後の比較的新しい事象でしかない。東洋では歴史的にコウモリを嫌忌する伝統はない。むしろ、中国語で「蝙蝠」 (biānfú) の音が「福が偏り来る」を意味する「偏福」 (piānfú) に通じるため、幸運の象徴とされている。またキューバの絶滅した先住民タイノス(タイノ族)族はコウモリが健康、富、家族の団結などをもたらすと信じており、同地で創業した世界的ラム酒「バカルディ」のロゴマークに採用されている。 日本では蚊食鳥(カクイドリ)とも呼ばれ、かわほりの呼称とともに夏の季語である。蚊を食すため、その排泄物には難消化物の蚊の目玉が多く含まれており、それを使った料理が中国に存在するとされる。 「強者がいない場所でのみ幅を利かせる凡愚」の意で、「鳥無き里の蝙蝠」という諺がある。また、織田信長はこれをもじって、四国を統一した土佐の戦国大名である長宗我部元親を「鳥無き島の蝙蝠」と呼んだ[注釈 3]。この「鳥無き島(里)の蝙蝠」という表現は、古くは『夫木和歌抄』巻第二十七に平安末期の歌人和泉式部の歌に「人も無く鳥も無からん島にてはこのカハホリ(蝙蝠)も君をたづねん」[22]とあり、鎌倉期の『沙石集』巻六にも「鳥無き島のカハホリにて」とある[23]ことから、少なくとも12世紀には記されていたものとわかる[要出典][要検証 ]。 沖縄の八重山人は蝙蝠の子孫を称していた。この他、琉球諸島の各島々の伝説では、人間以外の生物に起源を求めるものが多く、蝙蝠起源はその内の一つである。島民は自らの先祖である動物を敬い、大切にしたが、各島民が互いに悪口をいう際は、「○○の子孫が」といった風になったという。 コウモリは分類学上は哺乳類であるが、鳥と同様に翼を持ち飛行することが可能である。これを参考にしたイソップ寓話『鳥と獣とコウモリ』がある。獣と鳥が争う中、コウモリはどっちにもいい顔をし、結果どちらからも嫌われてしまう童話であり、現在でもどっちつかず、八方美人的な人や行動を比喩する表現として「コウモリ」を使用することがある。しかし、イソップ寓話の原典に戻ると、鼬(イタチ)に捕まったときに自分は鳥ではなく鼠だと言って放免してもらい、鼠はみな仇敵だと言う別の鼬に捕まった時には、自分は鼠ではなく蝙蝠だと言ってまたも逃がしてもらうというエピソードを通じて、「状況に合わせて豹変する人は、しばしば絶体絶命の危機をも逃げおおせる、ということを弁えて、いつまでも同じところに留まっていてはならない」という見習うべき教訓を象徴する動物とされていることが分る。[要出典] 中国では、コウモリ(蝙蝠)の「蝠」の字が「福」に通ずることから、幸福を招く縁起物とされる。百年以上生きたネズミがコウモリになるという伝説もあり、長寿のシンボルとされている。そのため西洋の影響を受ける明治中期ごろまでは日本でも中国の影響で縁起の良い動物とされており、日本石油(現:ENEOS)では1980年代初頭まで商標として用いられた[注釈 4]ほか、福山城のある蝙蝠山を由緒とする広島県福山市の市章の使用例やカステラ本家福砂屋などはコウモリを商標としている。日本では、使用例は少ないが、コウモリの家紋も存在する[24]。 上記の通り、吸血種のみがクローズアップされて吸血鬼の眷属、あるいはその化身として描かれることもあるほか、天使が背中に白い鳥の翼を持つとされるのに対し、悪魔は背中にコウモリの翼を生やしているとされる。日本では蝙蝠男(仮面ライダーシリーズに登場するコウモリ系の怪人)が、その例といえる。一方、黄金バットやバットマン、仮面ライダーキバなど、正義のヒーローのモチーフとして扱われることもある。 コウモリの名を持つ生き物おおむね翼を広げたような姿のものが多い。 コウモリと病気2006年2月に、アメリカ合衆国ニューヨーク州スカハリー郡の洞窟に生息するコウモリを撮影した写真から白い鼻症候群が確認された[25]。低温を好むカビ Pseudogymnoascus destructans によって、コウモリは鼻口部、翼、耳に細胞の破壊によって白くなることが確認され、落ち着きがなくなり冬眠ができなくなることで衰弱して死亡する。高い死亡率と北米大陸での感染拡大から、様々な対策が行われているが、北米大陸でのコウモリの種が絶滅する可能性が示唆されている[26][27]。コウモリの個体数減少によって、植物の受粉、種子の散布、昆虫の個体数の抑制などが行えなくなり、農業や環境への影響が予想されている[28][27]。 コウモリと感染症→詳細は「コウモリ由来のウイルス」を参照
感染症学的にはココウモリ類は家畜伝染病だけでなく、齧歯目(ネズミ等)と同様に人獣共通感染症も含め様々な感染症の原因となる病原体を保有している[29][30][31]。 コウモリが宿主となる感染症は狂犬病が有名であるが、新興感染症に分類されるリッサウイルス感染症[32]、ニパウイルス感染症[33]、ヘンドラウイルス感染症、日本脳炎、重症急性呼吸器症候群 (SARS) などの原因となるウイルスの保有が報告されている[34][29]ほか、日本国内のコウモリから新種のアデノウイルスやヘルペスウイルスの発見も報告されている[29]。2013年から2016年にかけ、ギニアをはじめとする西アフリカ諸国でエボラ出血熱が流行した事態でも、自然宿主の可能性が有るオオコウモリとの接触が原因となった可能性が指摘されている[35]。 日本ではコウモリが直接原因となった感染症の報告はないが[36][37]、接触後は必ず手洗いを行う事[38][36]や生死を問わずコウモリの身体や排泄物との接触、コウモリ生息地への進入やペットとしての飼育は危険であると警告する専門家がいる[30]ほか、オーストラリアでは人獣共通感染症の感染源となる危険性が高い動物であると考えて侵入制限を含めた様々な対策を行っている[39][30]。 新型コロナウイルス感染症は中華人民共和国雲南省墨江ハニ族自治県にある銅鉱山のコウモリが始祖ウイルスであるという説がある[40]。 コウモリが自らの発病を抑えつつ多くのウイルスの「貯蔵庫」になる理由について、体温変化などの関連を調べる研究が進んでいる[41]。 脚注注釈出典
参考文献
関連項目
外部リンク
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