カタクリ
カタクリ(片栗[2]、学名: Erythronium japonicum)は、ユリ科カタクリ属に属する多年草。別名で、カタコともよばれる[3]。古語では「堅香子(かたかご)」と呼ばれていた[4]。 山地の林内に群生し、1 - 2枚つく葉にはまだら模様がある。春先に独特で見栄えする紅紫の花を咲かせたあと、地上部は枯れて休眠する。種子で繁殖するが、発芽から開花まで8 - 9年ほどかかる。かつて、球根から片栗粉が作られていた。 特徴別名が多く、地方によってカタカゴ[5][6]、カタコユリ[5][6]、カタバナ[5][6]、カッコバナ[5]、ヤマカンピョウ[5]、アマイモ[6]の名でよばれることもある。 地下茎は意外と深く、鱗茎の姿がクリの片割れに似ることから、「片栗」の意味で名づけられたといわれている[7][8]。鱗茎は長さ4 - 5センチメートル (cm) 、直径1 cmほどの大きさで、デンプンを蓄えている[9]。 早春に地上部を展開して、花期は早いところでは3月、ふつうは4 - 6月ごろで、10 - 15 cmほどの花茎を伸ばし、直径4 - 5 cmほどの薄紫から桃色の花を先端に一つ下向きに咲かせる[5][10]。まれに白花を咲かすものがあり、シロバナカタクリ(E. japonicum f. leucanthum[11])とよばれる[10]。蕾をもった個体は芽が地上に出てから10日程で開花する[12]。花茎の下部に葉が通常2枚、若い株では1枚の葉がつき[7]、葉柄を含めて長さ10 - 12 cm、幅2.5 - 6.5 cmほどの長楕円形[9]。葉身は質がやわらかく、迷彩柄のような暗紫色の模様がある[2][9]。地域によっては模様がないものもある。 花被片と雄しべは6個[13]。雄蕊は長短3本ずつあり、葯は暗紫色。長い雄蕊の葯は短いものより外側にあり、先に成熟して裂開する[14]。雌蕊の花柱はわずかに3裂している。地上に葉を展開すると同時に開花する。晴天時は花に朝日を浴びると、花被片が開き背面で交差するほど極端に反り返り、夕暮れに閉じる運動を繰り返す[15]。日差しがない曇りや雨の日には、花は開かないまま閉じている[16][10][15]。開花後は3室からなる果実が出来、各室には数個 - 20程の胚珠が出来る。平均で60%程の胚珠が種子となる[17]。胚珠は長さ2 mmほどの長楕円形である。染色体は大型で2n=24である[18]。 果期は5 - 6月ごろで、花後に結実して、蒴果が裂開して種子を落とす[2]。その後、葉や茎は枯れて宿根する[7]。地上に姿を現す期間は4 - 5週間程度で、群落での開花期間は2週間程と短い[4]。このため、ニリンソウなど同様の植物とともに「スプリング・エフェメラル」(春の妖精)と呼ばれている[16][19]。種子にはアリが好む薄黄色のエライオソームという物質が付いており、アリに拾われて巣に運ばれることによって生育地を広げている[2][注 1]。 地下での挙動5月中旬から9月末までは、地下で休眠状態となる。最大30 cm程の深さにある長さ5 - 6 cmの筒状楕円形の鱗茎は、10月下旬ごろに発根し始める[4]。雪解けを待って、地上に糸のような細い葉を伸ばす。 カタクリの生活史早春のまだ木々も草も芽吹かぬうちに、いち早く大きく広い葉を出して、雑木林の林床で日差しを独占する[20]。続いて、まだ花が少ないこの季節に花茎を出して、花をうつむき加減に開く[20]。蜜を求める虫たちが吸蜜に訪れて受粉し、いち早く結実すると、周囲の木々や他の草が伸び始めるころには種子を散らして地上部は枯れる[20]。 カタクリは、「春の妖精」(スプリング・エフェメラル)と呼ばれる植物の一つである[21]。エフェメラルとは、もともと「はかない命」という意味で、カタクリが1年のうちで地上に出ている期間は、春先の4 - 5週間足らずに過ぎず[20]、葉で光合成をして栄養分を鱗茎に蓄えて、夏には葉を枯らし、翌年の春まで土中の鱗茎のまま休眠状態で大半を過ごしている[21]。光合成ができる期間が、1年のうちで葉が出ているわずかな期間しかないため、栄養を蓄積するまでに長い時間を要してしまうことから、種子から発芽して花を咲かせるまでに7 - 9年ほどの歳月を必要とする[22][20]。 発芽1年目の個体は細い糸状の葉を、2年目から7 - 8年程度までは卵状楕円形の1枚の葉だけで過ごし、鱗茎が大きくなり、2枚目の葉が出てから花をつける。カタクリは、毎年少しずつ鱗茎に養分を蓄積しながら、しだいに葉を大きくしてゆき、その結果、発芽から7 - 9年をかけてコツコツと貯めた栄養分で、ようやく花を咲かすことができる[22][23][24]。開花初期は開花と結実がある有性生殖と結実がない無性生殖を繰り返し、個体が大きく成長した後は複数年に渡り開花が継続する。カタクリの平均寿命は40 - 50年ほどと推定されている[4]。なお、鱗茎は毎年更新し、なおかつ旧鱗茎の下に鱗茎が作られるため鱗茎は深くなる。原則として鱗茎は分球することはない。通常栄養繁殖を行わない[25]。 カタクリの葉にサビ菌 (Uromyces erythronii Pass.) が寄生し、「さび病」を起こし枯れてしまうことがある[26]。落葉広葉樹林は約3,000万年前に形成され、カタクリの祖先はこの頃に落葉広葉樹林に出現しカタクリに進化したと考えられている[12]。 受粉の仕組みカタクリは両性花で自家不和合性であり、自家受粉による種子の形成はほとんど行われない[27]。花被片、雄蕊、雌蕊は紫外線をよく吸収し、ハチ目などの昆虫の視覚器官が感受しやすく、花へ誘発するシグナルとなっている[27]。ハナバチの仲間のクマバチ、コマルハナバチ、マルハナバチ、ギフチョウ、ヒメギフチョウ、スジグロシロチョウなどが吸蜜に訪れ送粉者(ポロネーター)として受粉を行っている[27]。クマバチとマルハナバチが最もカタクリの受粉に貢献している[28]。 アリによる種子の散布種子に付着しているエライオソームには脂肪酸や高級炭水化物などが大量に含まれる。アリがこの成分に誘発され、種子はアリの巣がある遠くまで運ばれる[18]。富山県婦負郡八尾町(現富山市)では、アシナガアリ、アズマオオズアカアリ、クロヤマアリ、トゲアリ、トビイロケアリ、ムネアカオオアリなどにより運ばれる様子が確認されている[18][29]。トゲアリはカタクリの種子を巣内に運び込んだ後に、巣外に搬出し周辺に散布する[18]。 利用鱗茎を掘り採って、ひげ根を除き、煮て甘煮や金団(きんとん)にして食べることもある[2][9]。ただし、カタクリ保護のため、鱗茎を採りすぎないように注意もさけばれている[30]。地下の鱗茎を日干ししたものからは、40 - 50%の良質なデンプンが採取できる[7]。調理に用いられる片栗粉は、もともとカタクリの鱗茎から抽出したデンプンのことを言っていたが[8]、精製量がごく僅かであるため、現代ではジャガイモやサツマイモから抽出したデンプンが代用されている[31]。 カタクリから採取したデンプンは片栗澱粉(かたくりでんぷん)といって生薬になり[5]、滋養保健によく、クズのデンプンのように腹痛や、体力が弱った人への下痢止め作用もあるといわれている[7]。カタクリのデンプンを、砂糖やはちみつで甘くして、熱湯を注いでかき混ぜると半透明にやわらかく固まり、これを体力の弱った老人や幼児の腹痛に食べさせると、下痢止めに役立つとされる[7]。しかし、一般に市販されているジャガイモなどの片栗粉では、カタクリのように薬用にはならない[7]。 花の時期か、花が終わったころの若葉を摘んで、山菜として食されることがある[7][2][9][32]。軽く茹でて、花は酢の物、葉や茎はお浸しや和え物、生のまま天ぷら、炒め物にして食べられる[6][33]。 鑑賞用の山野草として、カタクリの球根が販売されている。栽培はむずかしいといわれるが、多くの山野草愛好家によって栽培も行われている[5]。日本各地の群生地では、春の開花時期に合わせて「カタクリ祭り」などが開催されている[34]。 350円普通切手の意匠になった。 分布日本原産といわれ[33]、北東アジア(朝鮮半島、千島列島、サハリン、ロシア沿海州)と日本に分布する[4]。日本では北海道、本州、四国、九州の平地から山地の林内にかけて広く分布する[13]。主に中部地方・東北地方の山地に多く群生しているが、関西以西、四国、九州では少なく珍しい[5]。岡山県では北部の市町村を中心に分布が確認されている[39]。九州では熊本県のみに分布し、日本の南限となっている[40]。比較的日光の差すブナ、ミズナラ、イタヤカエデなどの落葉広葉樹林の林床に群生する。キクザキイチゲとニリンソウなど同時期に同じ場所で開花することがある。スギ林の林床にも生育していることがあるが、花をつける個体は比較的日のよく当たる林縁に限られている[41]。鈴鹿山脈北部など石灰岩質の地域に群生地となる例がある[42]。北海道の北見市端野地域の隔離分布した群落が日本の分布域の東端と推定されている[43][44]。昔は日本では落葉広葉樹林のある各地で広く見られたが、近年では乱獲や盗掘、土地開発などによる生育地の減少によって減少している。北アルプスの仙人山[45]の山腹(標高約2,000 mの亜高山帯)において、最高所での生育が確認されている[4]。カタクリは数千 - 数万の大群落を作ることがあり、集団の全個体が入れ替わるには13 - 40年程かかると推定されている[46]。基準標本は、日本のもの[13]。 日本の主な群生地田中澄江が『花の百名山』で奥多摩三山の御前山を代表する花の一つとして紹介し[47]、『新・花の百名山』で三毳山を代表する花の一つとして紹介した[48][49]。最近では人工的に増殖した上で野山に植えられて、観光名所になっている所が多数ある。
天然記念物
種の保全状況評価日本の多くの都道府県で、以下のレッドリストの指定を受けている[69]。四国と九州での分布は極一部に限られ絶滅が危惧されている[70]。上信越高原国立公園・中部山岳国立公園・白山国立公園などで自然公園指定植物となっている[71]。
文化文学750年(天平勝宝2年)3月2日、大伴家持が越中の国司として富山県を訪問した際に、「もののふの 八十乙女らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花」(万葉集・巻18・4143番)と詠い、カタクリが「堅香子(かたかご)」として詠まれている[81][82]。島根県鹿足郡吉賀町樋口の「かたくりの里」には、この詩を刻んだ「六日市万葉歌碑」の石碑がある[83]。この他にも、新村出、加藤知世子の作品など、カタクリには明るい詩歌の類が多い[81]。鹿の子模様の葉にも独特の趣があり、宮沢賢治は『山男の四月』で秋鮭の腹にあるまだら模様に例えて、カタクリの葉の模様の見え方が変化する様子を表現している[81]。 松浦武四郎は安政年間に蝦夷地を探検し、その後の本で当時のアイヌ人の食用植物として「延胡索、黒百合、山慈姑、車百合、菱実」の5種を絵つきで記している。そこで記されている「山慈姑」はカタクリのことである[32]。 市町村指定の花カタクリは日本の多数の市町村の花に指定されている。また合併前に指定されていた。 市の花町の花村の花メディア書籍
写真集
テレビ番組
ギャラリー
カタクリ属ユリ科に属するカタクリ属 (Erythronium L.)[87]には、ユーラシア大陸の大陸温帯域に4種、北米大陸に20種がある[88]。日本に分布するのはこのカタクリ (Erythronium japonicum) のみである。属の学名のErythroniumは、ヨーロッパで赤い花を咲かせる種のギリシャ語の「赤い」 (erythros) に由来する[89]。
脚注注釈出典
参考文献
関連項目
外部リンク
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