5世紀(ごせいき)は、西暦401年から西暦500年までの100年間を指す世紀。
できごと
400年代
410年代
- 410年
- 411年
- 413年
- 414年
- 415年
- 416年 - 『日本書紀』では允恭天皇5年のこの年に地震が起きたと記録されている(允恭地震、日本最古の地震の記録)。
- 417年 - 東晋の劉裕が後秦を滅ぼし、一時的に洛陽・長安を奪還する。
- 418年
420年代
430年代
- 430年
- ヴァンダル族に包囲されたヒッポレギウスにて司教アウグスティヌスが死去。
- (宋・元嘉7年)- 倭国王、宋に使いを遣わし、貢物を献ずる(おそらく讃)(『宋書』文帝紀)。
- 430年頃
- 431年 - エフェソス公会議でネストリウス派(のちの景教)が異端宣告される。
- 432年
- 433年 - 東晋の詩人謝霊運が刑死する。
- 434年
- 435年 - 西ローマ帝国が北アフリカの領土をヴァンダル人に譲り、ヴァンダル王国が成立する。
- 437年 - 西ローマ帝国将軍アエティウスがフン族を派遣し第一ブルグント王国を滅ぼす。
- 438年
- (宋・元嘉15年)- これより先、倭王讃没し、弟珍立つ。この年、珍宋に朝貢し、自ら「使持節都督・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事安東太将軍倭国王」と称し、正式の任命を求める(『倭国』倭国伝)。4月、宋の文帝、珍を安東将軍倭国王とする(『宋書』文帝紀)。珍はまた倭隋ら13人を平西・征虜・冠軍・輔国将軍にされんことを求め、許される(『宋書』倭国伝)。
- 東ローマ帝国で『テオドシウス法典』が発布される。
- 439年
440年代
450年代
- 450年
- 北魏で国史の獄が起こり、崔浩らが処刑される。
- 宋の文帝が北伐の軍を起こすが、北魏の太武帝の反撃により長江北岸瓜歩まで奪取される。
- 450年頃 - アングロ・サクソン族がブリテン島に移住。
- 451年
- 452年
- 北魏の太武帝が宦官の宗愛により殺害される。
- アッティラ率いるフン族がイタリアに進攻。マントヴァにてアッティラと教皇レオ1世の会見。
- 453年 - アッティラが急逝。フン族の後継者争いが起こり、息子のエラクが勝利する。
- 454年 - ネダオ川の戦い(英語版)で、フン族の王エラクがゲピド族長アルダリックに敗北し、フン族の国家は崩壊する。
- 455年
- 456年 ティカルの「嵐の空」王(シヤフ・チャン・カウィール2世)が亡くなる(神殿3,48号墓)。
- 457年 - 日本で雄略天皇が即位する。
460年代
- 460年 - 北魏で雲崗石窟の工事始まる。
- 462年 - 武寧王陵墓誌から百済武寧王はこの年に生まれたことが確認できる。
- これは『日本書紀』の雄略5年に武寧王が生まれたという記事と対応する。
- 463年
- 468年 - バシリスクス司令官率いる東西ローマ帝国連合軍が北アフリカのボン岬の戦い(英語版)でヴァンダル王国に大敗。
470年代
- 470年
- 471年
- 475年
- 476年 - ゲルマン人傭兵隊長オドアケルにより皇帝ロムルス・アウグストゥルスが廃位され、西ローマ帝国が滅亡する。
- 帝位は東ローマ皇帝ゼノンに返上され、オドアケルはパトリキウスとしてイタリアを支配する。
- 477年 - 倭国が宋に朝貢する(『宋書』順帝紀)。これより先、興没し、弟の武立つ。
- 478年 - 倭王武が宋に入貢して上表する。「父祖の功績と父兄の志を述べ、高句麗の無道を糾弾し、自ら開府儀同三司と称し、正式の任命を求める。宋の順帝武を「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東太将軍倭王」とする(『宋書』順帝紀、『宋書』倭国伝)。
- 479年
480年代
490年代
500年代
文化
人物
地中海世界
フン族の帝国
ゲルマン諸王
西ローマ帝国とその周辺
東ローマ帝国とその周辺
西アジア
南アジア
東アジア
五胡十六国
東晋
南朝
北朝
柔然
満州
朝鮮半島
日本
架空のできごと
- 5世紀 - 西ローマ帝国支配下のガリア(フランス)。羊飼いの少女アストレと青年セラドンは純粋に愛し合っていたが、あらぬ誤解からアストレはセラドンを拒絶してしまう。絶望したセラドンは川に身を投げ自殺を図るが、森の妖精ニンフに救われ一命を取り留める。(オノレ・デュルフェの小説『アストレ』。これを映画化したのがエリック・ロメール監督作『我が至上の愛〜アストレとセラドン〜』)。
- 5世紀 - 現在のブルターニュ地方にコルヌアイユという国があり、グラドロン王が支配していた。聖コランタン(フランス語版)により王はキリスト教に改宗したが、娘のダユーはそれを良しとせず、新たに海に面した都イスを建造し移り住んだ。イスの支配者となったダユーは海行く船から富を略奪し、その豊かな富で享楽に溺れ、この地は背徳のはびこる都となっていった。コランタンは弟子の聖ゲノル(フランス語版)にイスの人々を改悛させようとするもかなわず、ダユーが悪魔にそそのかされて水門が開けられると、この都はダユーとともにみるみる水没し、海の奈落に沈んでいった(ブルターニュ民譚集『バルザス・ブレイズ』他の「イスの伝説」)。
- 5世紀 - 6年6週と6日もの間、シモン(登塔者シメオン)は砂漠の柱で修行に励む。柱の上で一心不乱に祈りを捧げるシモンの前に、魔女や豪勢な食料を持った悪魔が現れては甘言を弄し堕落を促す。その誘惑に負けまいとしつつも、朦朧とした意識からついにシモンは塔から降りてしまう。(ルイス・ブニュエルの映画「砂漠のシモン」)。
- 448年 - ローマ皇帝デキウス治世下の251年、迫害されていたキリスト教徒の若者7名が、小アジアのエフェソス近郊の洞窟に閉じ込められる。以来、彼らは深い眠りに落ち196年の歳月が経った。東ローマ皇帝テオドシウス2世が治めるこの年に洞窟の封鎖は解かれ、彼らは覚醒し、キリスト教がローマ帝国の国教に変わっていたことに驚く。(ヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』ほかの「七人の眠り聖人伝説」)。
- 478年 - 丹波国余社郡筒川の人である瑞江浦島子が海へ船を出し、沖合で釣りをしていたところ、巨大な亀を釣り上げる。その亀が美女に姿を変えたので、浦島子はその美女を妻とし、二人でともに海へ入り、蓬萊山へ至って仙境を見て回ったと言う(『日本書紀』雄略紀22年条。最古の「浦島太郎伝説」)。
関連項目
外部リンク
- ウィキメディア・コモンズには、5世紀に関するカテゴリがあります。