2014年5月からは初演25周年を記念してロンドンのウエスト・エンドにあるプリンス・エドワード劇場で再演プレビュー公演が開始した[9][10]。キャメロン・マッキントッシュがプロデュースし、ローレンス・コナーが演出を担当した。2012年11月19日から22日、フィリピンのマニラでキム役オーディションが行われた[11]。2013年11月21日、18歳のイーヴァ・ノブルゼイダがキム役に配役されたと発表された[12]。他にKwang-Ho Hong がトゥイ役[13]、ジョン・ジョン・ブライオンズがエンジニア役、アリスター・ブラマーがクリス役、ヒュー・メイナードがジョン役、タムシン・キャロルがエレン役、レイチェル・アン・ゴーがジジ役に配役された[14]。5月21日から正式に開幕した。
2014年9月22日、25周年スペシャル・ガラが行われた。通常公演がカーテン・コールまで行われ、サロンガ、ボウマン、プライスを含む1989年オリジナル・キャストが登場し、現役キャストと共にスペシャル・フィナーレが行われたのである。サロンガおよびアンサンブルの『This is the Hour 』で始まり、サロンガとゴーが『The Movie in My Mind 』を演じた。サロンガ、ボウマン、ブラマー、ノブルゼイダが『Last Night of the World 』を演じ、プライスが『American Dream 』を演じている途中にブライオンズが参加した[15]。
ロンドン公演開幕以降、多くの都市でも製作されており、1994年12月2日から1999年12月19日、シュトゥットガルトで行われた他、トロントでの公演は新しい特設劇場が設立された。2009年8月5日から16日、ノルウェーの人口1万1千人の小さな島ボムロでは地元ミュージカル劇団により屋外劇場で上演され、演出でベル・ヘリコプターが使用された[19][20]。公式サイトによると25ヶ国、27団体、246都市で上演され、12ヶ国語に翻訳上演されている[21]。2013年、バージニア州アーリントンにあるシグネイチャー劇場での公演において、『Now That I've Seen Her 』は『Maybe 』に置き換えられた全米初の公演となり、2014年にはウエスト・エンド再演でも採用された[22]。
1975年4月、ベトナム戦争は終焉を迎えようとしている。ベトナムの田舎娘だったキムは、17歳で家族を失い家を焼かれ、首都サイゴンまで逃げてくる。そこで、フランス人とベトナム人の混血の通称「エンジニア」の経営する売春宿「ドリームランド」で働くことになる。舞台裏で準備中、他の少女たちに未熟さを冷やかされる("Overture")。アメリカ海兵隊はもうすぐベトナムを離れるためベトナム人売春婦たちとパーティをする("The Heat Is on in Saigon")。米兵のクリスはパーティに嫌気がさしていたが、戦友のジョンに無理矢理連れてこられた。少女たちは海兵隊員たちの投票で「ミス・サイゴン」が決められるところである。キムの純真さにクリスは惹かれる。ジジがミス・サイゴンに選ばれ、海兵隊にアメリカに連れて帰ってほしいと頼み困らせる。少女たちはより良い生活に思いをはせる("Movie in My Mind")。ジョンのおごりで、キムの最初のお客はクリスとなる("The Transaction")。キムはシャイで気乗りしなかったが、クリスとダンスする。クリスはそれ以上何もせずに料金を支払い出て行こうとする。エンジニアはクリスがキムを気に入らなかったのかと尋ね、クリスはキムを連れて部屋に向かうことにする("The Dance")。
キムの寝顔を見ながらクリスは神になぜベトナムを離れる直前に出会わせてしまったのかと尋ねる("Why, God, Why?")。キムが目覚めクリスは料金を払おうとするがキムは男性と寝たのはこれが初めてだったとして断る("This Money's Yours")。キムがまだ幼いことに気付き、クリスは共に暮らそうと語る。キムとクリスはひかれ合い、お互いを愛すようになる("Sun and Moon")。クリスはジョンに、キムと一緒にいたいため連れて行くと語る。ジョンはベトコンがもうすぐサイゴン政権をつぶすと警告するが、渋々クリスを応援する("The Telephone Song")。クリスはエンジニアにキムを連れて行きたいと語るが、エンジニアはアメリカ滞在許可証と引き換えだと語る。クリスはエンジニアに銃を突きつけ、キムの意見の方が大事だと脅す("The Deal")。
少女たちはクリスとキムの結婚式を祝い("Dju Vui Vai")、ジジは本当のミス・サイゴンはキムだと語る。キムが13歳の時に両親が決めた婚約者でいとこのトゥイがキムを迎えに来る。ベトナム人民軍に所属するトゥイは白人と一緒にいるキムを見て激高する("Thuy's Arrival")。クリスとトゥイは互いに銃を持ち向き合う。キムはもう両親は亡くなったためこの婚約は無効であり、何の感情も持ち合わせていないと語る。トゥイは2人に罵声を浴びせ出て行く("What's This I Find")。クリスはベトナムを離れる時はキムを連れて行くと約束する。クリスとキムは初めて出会った夜に踊った時と同じ曲でダンスをする("Last Night of The World")。1975年4月30日、サイゴン陥落の日、クリスはキムを連れてアメリカに帰ろうとするが周囲に反対され門に残し一人で帰国する。
それから3年が経った1978年、ホーチミンと名を変えたサイゴンでは解放および米軍撤退3周年のパレードが行われる("Morning of The Dragon")。トゥイは新政府のもとで高い地位に上り、部下にエンジニアを探させる。エンジニアにキムを探させ連れて来させるつもりである。キムはまだクリスを愛しており、いつかクリスが迎えに来てくれると固く信じながら貧民街に隠れている。その頃クリスは新しいアメリカ人妻エレンとベッドにおり、夢を見てキムの名を叫びながら目を覚ます。エレンとキムは地球の反対側でそれぞれがクリスとの別れを恐れる("I Still Believe")。
1週間後、トゥイの部下が北部でエンジニアを見つける。共産党内部ではエンジニアは「チャン・ヴァン・ディン」と呼ばれており、エンジニアはこの3年間稲作農業をしていた。エンジニアはトゥイをキムの隠れ家に連れて行く。しかしキムはトゥイの部下が外で待っていることを知らず結婚を拒む。トゥイは部下を呼び入れキムとエンジニアを捕まえ、再教育収容所に入れると脅す。キムはクリスとの間にできた3歳の息子タムがいることを告げる。逆上したトゥイは裏切り者と呼び、タムをナイフで殺そうとする。キムはやむをえず、クリスが残していった拳銃でトゥイを射殺する("You Will Not Touch Him")。キムはタムとともに逃げ("This Is the Hour")、エンジニアにこれまでのことを話す("If You Want to Die in Bed")。エンジニアはタムの父親がアメリカ人と知り("Let Me See His Western Nose")、アメリカへ移住するダシに使えると思い2人に協力する。エンジニアはタムのおじということにして2人をタイのバンコクに連れて行くことにする。3人は他の移民たちと共に移民船に乗る("I'd Give My Life for You")。
第2幕
1978年9月のジョージア州アトランタ。ジョンはベトナムに残してきた子供たち(ブイ・ドイ)とアメリカ人の父親を繋ぐ支援活動を行っている("Bui Doi")。集会の場で、ジョンはクリスに、キムがバンコクで生きていることとタムのことを告げ、クリスはこれまでの悪夢が晴れる一方で自分の知らない間に生まれてしまった子供の存在に苦悩する。ジョンはエレンとともにバンコクに行くことを強く勧め、クリスはキムとタムのことをエレンに打ち明ける("The Revelation")。バンコクの安クラブで、キムはダンサー、エンジニアは客引きとして働いている("What A Waste")。キムを探しに来たジョンに会い、キムはクリスがバンコクに来ていることを知ったが、ジョンはクリスに妻がいることを言えなかった。キムはクリスが来ていること、そしてタムに父親が会いに来ていて一緒にアメリカに行けると話せることにとても喜ぶ。キムが喜んでいる様子を見てジョンは本当のことを言い出せなくなるが、必ずクリスを連れてくると約束する("Please"、2014年ロンドン再演で同じメロディの"Too Much for One Heart"に変更)。
エンジニアはキムに、騙されているのかもしれないから自分でクリスを探せと言う("Chris Is Here")。トゥイの亡霊が登場し、キムにサイゴン陥落の日と同じようにクリスは裏切るだろうと脅す。キムはあの夜のフラッシュバックに悩まされる("Kim's Nightmare")。
1975年の悪夢。キムはベトコンがサイゴンにやってきたことを思い出す。町は騒然とし、クリスは大使館から呼び出されキムに銃を渡して逃げる準備をさせた。クリスが大使館に入ると門が閉まり、ワシントンD.C.からの命令でサイゴンに残っているアメリカ人は全員避難することになった。大使はベトナム人は大使館には今後一切入れないことと語った。キムが大使館の門に到着すると怯えたベトナム人の一団が門の中に入ろうとしていた。クリスはキムを呼び、群衆の中からキムを連れてこようとするが、ジョンはクリスを殴ってやめさせた。クリスは最後にヘリコプターに乗り込みサイゴンを離れたが、門外からキムはクリスへの愛を誓った("The Fall of Saigon")。
1978年のバンコク。キムは嬉しそうに結婚衣装を着て("Sun and Moon [Reprise]")、出掛けている間エンジニアにタムの面倒をみてもらう。キムがクリスの泊まっているホテルに出向くとそこにはエレンがおり、キムはエレンはジョンの妻と誤解したが、エレンは自分はクリスの妻だと明かす。キムは傷付きエレンの言葉を信じない。エレンがキムにクリスはタムの父親なのか尋ねると、キムはうなずく。キムはタムに貧民街で育ってほしくないため、タムを連れて帰ってほしいと頼むが、エレンはタムには実の母親が必要だし自分はクリスとの実の子が欲しいと語る。キムは怒り、クリスと2人で話したいと言い部屋に踏み込む("Room 317")。エレンはキムに申し訳なく思うが、クリスを守る決意をする("Now That I've Seen Her"、旧題"Her or Me"。2011年オランダ再演で全く違う曲の"Maybe"に置き換えられた)。
キムを探しに行っていたクリスとジョンが戻る。エレンはキムが来ていることを2人に伝え、キムに全てを話さなければならないと語る。クリスとジョンはこの3年は長過ぎたことを痛感して意を決する。エレンはキムが自分の場所でクリスと会いたがっていること、そしてタムをアメリカに連れて行って欲しがっていることを伝える。ジョンはキムがタムに「アメリカ人」として育ってほしいのだと気付く。エレンはクリスにキムを選ぶのか自分を選ぶのか最終通告する。クリスはエレンを安心させ、互いの愛を誓いあう。クリスはアメリカから資金援助をして、タムもキムもバンコクに置いて行こうとする。ジョンは、キムはタムをタイに住まわせたくないと思っているだろうと警告する("The Confrontation")。クラブでキムはエンジニアにアメリカに行くのだと強がる("Paper Dragons")。エンジニアはアメリカでどんな素晴らしい生活が待っているのか想像する("The American Dream")。クリス、ジョン、エレンはエンジニアを見つけ、キムとタムに会わせてもらう。
キムの部屋で、キムはタムに父親が来てくれて幸せだと語り、自分は一緒にアメリカには行けないがずっと愛していると言う("This Is the Hour [Reprise]"。2014年ロンドン再演レコーディングではこれらの歌詞は含まれていないが"Little God of My Heart"となっている)。クリス、エレン、ジョン、エンジニアが部屋の前に着く。エンジニアはタムを部屋から連れてきて父親に紹介する。キムの夢は、タムをアメリカに連れて行き、幸せな生活を送らせることであった。しかし自分がいてはタムもアメリカに行けないことを悟り、自ら命を絶つことを決意した。キムはカーテンの後ろに隠れ、自ら銃を撃つ。銃声を聞いた一同が部屋に入ると床に倒れ致命傷を負ったキムがいた。クリスはキムを抱き起し、なぜこんなことをしたのか尋ねる。キムは最初に会った夜のように抱いて、あの夜語ったことをもう1度話してほしいと言い、愛する人の腕の中でキムは息絶える("Finale")。
長年、この作品は人種差別的および女性差別的であるとして各地で抗議団体が設立されている。2010年のフルブライト・プログラムのヒデオ・マルヤマは「ミス・サイゴンではない本当のベトナム人に会う時が来た。アメリカ人がまだそうしたくなくとも」と語った[50]。モン族系アメリカ人芸術家および活動家のMai Neng Moua は「1994年、ツアー公演の時に私は抗議した。私は大学生でそれまで抗議活動などしたことはなかった。どうやったらいいかもわからなかった。私は罵られたり物を投げつけられたりすることが怖かった。その後私は、家族が日系人の強制収容にかかったことのある日系アメリカ人のエスター・スズキに出会った。エスターは私と同じくらい小柄であったが、とても勇敢だった。エスターはキング牧師の「皆が自由でなければ誰も自由でない」という言葉を誰よりも理解し、『ミス・サイゴン』に抗議した。私はエスターに同意し、『ミス・サイゴン』に抗議し、彼女から強さをもらった。私たちは『ミス・サイゴン』が人種差別的で女性差別的であり、アジア系アメリカ人を侮辱するものであるとして抗議した。それから19年後、まだ何も変わっていない」と語った[51]。ベトナム系アメリカ人活動家デニス・ヒューイは、Mai Neng Moua はこの作品が描くステレオタイプが気に入らないのだと代弁した[52]。アフリカ系アメリカ人劇場であるペナンブラ・シアターの芸術監督サラ・ベラミーは「有色人種ならわかると思うが、この作品は私たち有色人種のための作品ではない。熱帯地方、偽の民族衣装や小道具、有色人種の登場人物を利用した白人による白人のための白人についての作品で白人至上主義と白人の権力を描いている」と語った[53]。
同年のトニー賞において、『ミス・サイゴン』と『The Will Rogers Follies 』がそれぞれ11部門にノミネートされた。『ニューヨーク・タイムズ』紙は「『The Will Rogers Follies 』と『ミス・サイゴン』がミュージカル作品賞最有力候補である。しかしロンドン・ミュージカルの『ミス・サイゴン』が負けるのではないかと予想される。しかしイギリス人俳優のプライス、フィリピン人女優のサロンガのブロードウェイでの演技は最高であり、両者の戦いは長く続く」と記した[56]。
ほとんどの部門で『The Will Rogers Follies 』が受賞したが、サロンガがミュージカル主演女優賞、プライスがミュージカル主演男優賞、バトルがミュージカル助演男優賞を受賞した。