時事放談
『時事放談』(じじほうだん)は、TBS系列局(一部地域を除く)、並びにBS-TBSで毎週日曜日早朝に放送されていた、政治をテーマにした座談会番組(報道討論番組)である。 第1期(1957年 - 1987年)ラジオ東京テレビ時代の1957年7月28日[1]から日曜日の朝の番組として放送され、朝日新聞出身の細川隆元と日本経済新聞出身の小汀利得の歯に衣着せぬ毒舌が評判を得ていた。後に小汀が体調を崩し、1970年6月7日放送分で番組を降板して以降は、細川と藤原弘達、土屋清、加藤寛(経済学者)、参議院議員の斎藤栄三郎(1974年3月に参院選出馬のために降板)らなど主に大臣クラスの大物国会議員や政界の主要人物らを招き、1対1の対談形式[注 1]となる。 番組のオープニングで桝井論平(当時TBSアナウンサー)が『時事放談』『けさのお話は細川隆元さんと藤原弘達さんです』や番組スポンサーを読み上げていた。 30年目の1987年3月29日に同タイトルでの放送を終了し[2]、以後は『日曜放談』に改題して、同年4月5日から1992年3月29日まで放送した[4]。 毎回番組の途中で女性アナウンサーが対談者に茶菓子を供す場面がある。 ネット局時事放談とビートルズビートルズが来日した1966年に、細川隆元と小汀利得が番組内で数回批判した。最初は5月22日の放送分で、主催者の一つである読売新聞社や「あんな連中に外貨の許可を与えるな」[6][7]と大蔵大臣の福田赳夫を批判した。視聴していた首相の佐藤栄作が日本武道館の使用に難色を示す旨を秘書官に語り、読売新聞社主で日本武道館会長の正力松太郎に伝わった[6]。日本武道館の使用は5月25日に許可[8]されたが、翌日に「日本武道館は会場として使わないことにした」[6]と正力が語った。本件は5月29日放送分[9]でも語り、6月5日の放送で「夢の島でやればいいんだ」「こじき芸人だ」[10]と発言した。 6月9日に読売新聞朝刊の社告で「日本武道館を使用する」と発表[11]したが、細川と小汀の度重なる発言を放送したTBSへ国内各地から抗議[10]が殺到し、毎週月曜日23時15分から30分間の討論番組『話題をつく』で、細川・小汀とビートルズファンの少女達が論戦する『ビートルズにけちをつけないで』を6月20日に放送[12]した。 放送途中開始事件1973年7月29日の放送は、放送終盤の約10分ほどしか放送されない事態となった。これは、細川隆元が軽井沢へ避暑するため地元系列局の信越放送が担当して現地から放送する予定だった。しかし、7月上旬にこの予定が取り止めとなり、通常通りTBSからの放送になったものの、当番組の制作・技術スタッフにきちんと伝わっていなかった。このため、細川と当日の出演者だった藤原弘達が8時にスタジオへ到着した際には真っ暗な状態であった。そこで、出勤していた他の技術スタッフを集めて急ごしらえで設営をしたものの8時30分の放送開始には間に合わず、放送体制が整うまでの間『山と海と太陽』という国民休暇村を撮影した短編映画が放送された。ようやく対談が始まったものの、番組の最後に「あと15秒しかないのか、これじゃ言論弾圧だよ」と発言。視聴者から「細川の発言が政治的に不適当だとして放送局側が意図的に放送をカットしたのでは」と思い込み、TBSに抗議の電話が続く事態となった[13][14][15]。 時事放談と三菱銀行人質事件1979年1月26日に発生した三菱銀行人質事件で大阪府警察が突入準備を始めた時、TBSは『時事放談』の生放送を毎日放送の現地中継映像に切り替え、狙撃隊が突入して狙撃した強盗を搬送するまで放送し[16]、本番組が途中で打ち切られた唯一の事例となる。 この当時、MCの細川隆元や出演者らには事前の承諾を得ており、細川は「いつ(事件現場からの中継の映像に)切り替わるかわからないが…」との断りのコメントを入れ、強行突破が行われたころは、当時毎日放送アナウンサーだった水谷勝海による実況が行われていた[17]。 ゴールデンタイムの特別編1981年4月19日、20時から20時54分に生放送された「日曜特集」において「長嶋茂雄と時事放談」なるスピンオフ特別番組が企画された。同番組では、細川隆元、藤原弘達による対談に、前年(1980年)シーズン終了後に読売巨人軍の監督を解職された長嶋茂雄(当時:プロ野球評論家[注 2])が参加するというもので、球界復帰のめどなどの真相を語った[18] 第2期「〜ワイドショー政治を叱る」(2004年 - 2018年)1987年3月に一旦終了したが、2004年4月4日から2018年9月30日まで「〜ワイドショー政治を叱る」(〜ワイドショーせいじをしかる)のサブタイトルを付して毎週日曜日6:00 - 6:45に放送していた。 司会とゲスト出演者2名の3人が、直近の政治・経済・文化・国際・社会情勢を談義する。アシスタントは、番組開始時に項目と茶菓子の紹介、本編中でフリップボードの説明[注 3]を務め、談義に参加する場合もみられる。 基本的に毎週金曜日に収録しており、出演者の発言内容は収録回の放送前に番組宣伝も兼ねて、ニュース番組などで紹介される場合もある(主に土曜昼のJNNニュースにて。ただし、放送はローカル枠最終項目となっており、未ネット局及び遅れネット局へ配慮されていた。なお、ゲストの都合などにより放送前日に録って出し収録となることも稀にあったが、その場合はニュース番組での紹介はない)。 2018年9月30日(715回)の放送を以って放送を終了した[19]。これにより通算44年5か月[注 4]の歴史に幕を下ろすこととなった。最終回のゲストは菅義偉と増田寛也。同時間帯はその後、2018年10月7日から2021年3月28日までの『じょんのび日本遺産』を得て2021年4月4日より『バナナマンの早起きせっかくグルメ!!』が放送されている[20][21]。 司会アシスタントいずれも出演時点でTBSアナウンサー。
ゲスト出演者初出演順。ゲストは1430人出演した。
スタッフ
過去のスタッフ(第1期)
過去のスタッフ(第2期)
オープニング・テーマ
エンディングテーマ
ネット局(2012年4月 - 2018年9月)同時ネット局
先行ネット局いずれも日曜 5:30 - 6:15
遅れネット局
途中で打ち切られた放送局
その他
脚注注釈
出典
参考文献
関連項目外部リンク
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