地震空白域地震空白域(じしんくうはくいき)は、かつて地震活動があったにもかかわらず、長期間に渡って地震の震源がない、またはこれからもしばらくは起こらないであろうと予想される地域のこと。 震度ではなくマグニチュードを基準としているため、離れた地域で起こった地震の影響で強く揺れたとしても、その地域は地震空白域であるとされる。空白域は大地震の前兆としてみられることもある。 認定基準出現形態は千差万別で定説が無く[1]普遍的な認定基準が無い概念であった[2]。しかし、微少地震観測態勢の充実により得られた均質な地震カタログデータを対象に統計的手法を用いることが可能となった。例えば Wiemer and Wyss (1994)は、地震活動の変化量を標準偏差で規格化したZ値というパラメーターを使って時系列グラフや静穏化マップを空間的に描き出す手法を提唱[3]し、1994年以降はその手法を利用する研究者が増えている[2][4]。 概要とメカニズム地震空白域は第1種と第2種の2つのタイプに分類されるが、第3種空白域の概念を加える説もある。全ての空白域がこのメカニズムで完全に説明できるわけではなく、現在も研究が行われている。
この空白域が発生するメカニズムについては完全に解明されたとはいえないが、大きく分けて2つのメカニズムがあると考えられている。 1つは、その領域の断層面やプレート境界面(海溝であれば海底深部)に流動的な物質が存在していることを原因とするものである。流動的な物質は地震(というよりもすべり)のエネルギーを伝えにくくし、よって地上で感じられるエネルギーは多分に減衰され、地震空白域となるとされる。つまり、地震を起こさずに平穏に滑っている地域であると解釈できる。このメカニズムの場合、力は適時解放されているため、地震は起こりにくいと考えられている。 もう1つは、その領域で応力が安定していることを原因とするものである。断層面やプレートの境界面に、大きな圧力がかかっていない、あるいは大きな圧力がかかっていてもそれが拮抗していて大きな破壊が起きていない、あるいは大きな圧力がかかっていてもその力がまだ地震を発生させるほどの大きさではないために、地震が起こっていないとされる。つまり、地震活動が永久に休止している地域、または一時的に休止している地域であると解釈できる。このメカニズムの場合、圧力がかかっている場合ならば、力が蓄積されていると考えられ、今後地震が起こりやすいと考えられている。 地震空白域と誤解されやすいのが、広範なプレート上に位置し極めて安定した地盤をもつ、地震のない地域である。これはプレート同士のせめぎあいがなく、直下型地震や内陸性地震(古い断層で起こる地震)しか発生しないため地震がないのであって、「地震空白域」ではない。例えばアフリカ中部・西部や南アメリカ東部などが挙げられ、これらの地域は安定帯やクラトン(安定陸塊)と呼ばれ、敢えて地震の有無を基準とすれば無震帯とも呼ぶ。 日本国内の地震空白域日本は4つのプレートのぶつかる地震大国であり、基本的にどこであっても大地震(被害地震)の危険性がある。2007年には、それまで空白域と言われていた能登半島北部地域で能登半島地震が発生し、そのことを裏付ける結果となった。また、プレート間の沈み込みが未だ浅いユーラシアプレートと北アメリカプレートが接する日本海東縁変動帯では空白域が多い[6]。 以下は日本において現在も存在する主な空白域である。
過去の地震空白域これらの地域は地震空白域と言われていたが、大きな地震が発生した地域である。
空白域中にある活動域1980年代末以降、日本海沿岸域の広域で地震活動は静穏化していたが、京都府北部から鳥取県西部地域ではM5 クラスの地震が数回(1990年、1991年、1997年)発生し、日本海沿岸の静穏域の中では活発な活動が起こっていた場所である。この様な静穏域中の活動域は、応力の集中しているアスペリティとして注目されていたが、2000年鳥取県西部地震 M7.3 の予見までには至らなかった[7]。 琉球大学名誉教授・木村政昭は、空白域中にある活動域(先行すべりをする領域)を「地震の目」としてM6.5以上の地震の中期予知に使っており、実際に2000年の鳥取県西部地震や2011年の東北地方太平洋沖地震等の中期予知に成功したと主張している[8]。 調査研究気象庁気象研究所は、1996年5月から滋賀県高島市及び福井県敦賀市の観測点に石井式三成分歪み計と傾斜計を設置し、連続観測を行っている[9]。また、静穏化の検出と活発化を検出するツール(Seisqa)が作成され気象庁にて利用されている[10][11]。 世界の地震空白域切迫している地震空白域
その他
関連項目脚注
外部リンク
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