89式装甲戦闘車
89式装甲戦闘車(はちきゅうしきそうこうせんとうしゃ、Type 89 armored combat vehicle)は、日本の陸上自衛隊が運用する歩兵戦闘車(IFV)である[1][2]。 防衛省は略称を89FV(Fighting Vehicle)、広報向け愛称をライトタイガー[4]としているが、部隊内ではFVとも呼ばれる。 概要陸上自衛隊が運用し、不整地でも高速な戦車に随伴する装甲兵員輸送車に武装と装甲を施した車両として開発された、日本初の歩兵戦闘車である[2]。 陸上自衛隊では歩兵のことを普通科と呼ぶため、「装甲戦闘車」という名称となり、初期の略称「IFV」から歩兵の意味を持つ"I"(infantry)を取り、現在の「FV」となった。武装は90口径35mm機関砲KDE、79式対舟艇対戦車誘導弾、74式車載7.62mm機関銃を搭載する。 開発陸上自衛隊は、これまで装甲兵員輸送車として60式装甲車および73式装甲車を装備してきたが、戦車と共に行動する普通科隊員の装甲強化、支援火力の強化が望まれていた。 1980年[2]より三菱重工業による開発が始められた。当時日本にとって脅威になると目されていたT-80とBMP-2のペアに対し、90式戦車とともに迎撃することをコンセプトに開発がすすめられた。また、60式装甲車、73式装甲車には戦車に随伴する機動力はあったが、交戦能力は低いという問題があったため、本車ではは敵戦車をアウトレンジできる誘導弾を搭載すること、近距離で敵歩兵戦闘車を撃破できる機関砲を搭載すること、かつ普通科隊員が乗車中も携行火器が使用できることが要求に上がった。 1984年に試作が開始され、1986年からの技術試験、実用試験を経て1989年に制式採用された。90式戦車とセットで運用することを想定していたため、制式化は90式戦車の調達開始とほぼ同時期になるように考慮されていた[3][5]。調達単価は約6億8千万円と推定され、「高価格により全国に配備が進まなかった」とする批判も少なからず存在する。しかしながら陸自の運用構想がそもそも全国の装甲車を更新することを目的としておらず、また諸外国においても歩兵戦闘車は軒並み高価であり、生まれながらにして北海道専用装備となってしまうことは必定であったと言える。 特徴車体車体は圧延防弾鋼板を使用しており[1][2]、アルミ合金製の73式装甲車よりも生存性が向上している。砲塔と車体は兵員輸送車と砲塔架台車を兼ねているため、全高が74式戦車や翌年に制式化された90式戦車よりも高くなっている。 開発に際し、陸自の要求に浮航性は盛り込まれなかったことから、本車に潜水徒渉能力は備わっていない。90式戦車がシュノーケルを使用した潜水徒渉能力があることを鑑みると随伴性に疑問は残るが、道路網が発達して大抵の河川には橋が架かっている国内では必要性が低いと判断されたこと、本車と共に行動する重量の大きい戦車は、実際に渡河を行うには施設科(工兵)の架橋・渡河の支援が不可欠のため、行動時は当然本車も施設科の支援を受けられると考えれば浮航性は必須ではないこと、そして車体の軽量化(その有力な手法であるアルミ化)に起因する防御力の低下や価格の上昇を忌諱したことによる。 また浮航能力を車体に持たせるには、専用シールド・エアパックが必要となり、一段とコスト増、規模拡大が必要となる。実際73式装甲車でも浮航キットの脱着が煩雑である、キットの輸送にトラックが必要になるとの課題が指摘された。 最高速度は70km/h[1]で、90式にも随伴できる不整地踏破能力を持つ[2]。 エンジンは三菱製SY31WA水冷6気筒ターボディーゼルで、600psを発揮する。特筆すべき点は戦中から70年代のAFVまで頑ななまでにこだわってきた空冷エンジンと決別した点で、これにより構造はやや複雑になるものの、エンジン本体をコンパクトにできるほか、空気の取り入れを考慮したエンジン配置にこだわる必要が無くなり、車内配置の自由度が高くなった。トランスミッションは国産の前進4段/後進2段のオートマチックトランスミッションである。整備性向上のため車体前部左側にパワーパックとして一体化されたエンジンと変速・操向装置が搭載されている。 サスペンションはトーションバー式で、1、2、5、6転輪にショックアブソーバーが装着される。 兵装主武装に、歩兵戦闘車としては強力な[注 1]エリコン社の90口径35mm機関砲KDE(日本製鋼所ライセンス生産[1][7])を備えている。エリコンKDE 35mm機関砲は、低高度防空用として有名なエリコンKDA 35mm機関砲をもとに砲尾を短縮するなどして軽量化したものである[2]。その分だけ発射速度が低下しており、KDAが550発/分であるのに対してKDEが200発/分である[2]。使用する弾薬は35x228mm弾、APDS(装弾筒付徹甲弾)やHEI(焼夷榴弾)等の弾種が用意されており、APDSは撃角90°距離1,000mで80~90㎜の装甲を貫通[8]、撃角60°の場合射距離400mで70㎜、1,000mで40mmの貫徹力を持つ[2]。航空機への対空射撃も行える。即用弾はAPDSとHEI各17発の合計34発[9]。17発入りのマガジンを用い、それぞれ砲の左右から給弾する方式となっている[1][5]。機関砲なので連射することが可能であるが、連射により広範囲を制圧する射撃というよりは、単一目標への精密な射撃が行われており、総火演や北部方面隊の実弾射撃訓練では3発連射、最大でも6発連射程度に抑えられているようである。 砲塔両側面には各1基ずつの79式対舟艇対戦車誘導弾(通称「重MAT」)発射装置を装備している[2]。重MATは対戦車用はもちろんのこと、対上陸用舟艇用の弾頭もある。重MATの照準・誘導サイトは35mm砲右側にあり、普段は前扉が閉じられている[3]。重MATの再装填は車外より行なう[3]。弾数は4発で、内2発はランチャー内部、残りは車内弾薬庫内で保管し[2]、発射後に射手が自ら再装填を行う。 このほか、副武装として機関砲同軸に74式車載7.62mm機関銃を装備するほか[3]、砲塔両側面に発煙筒を4基ずつ装備する[3]。また、砲塔上部前面には、車長及び砲手用の照準サイトがそれぞれ設けられている[3]。
乗員乗員は、操縦士が車体前部右側に座り、砲塔右側に車長兼分隊長、左側に砲手が座る[3][5]。兵員は操縦士の後ろ側に副分隊長1名が乗車できるほか、車体後部の兵員室に背中合わせに6名分のシートがあり、シートの間は35mm口径弾や重MATの予備弾保管庫となっている[3][5]。なお、この兵員室内の乗員数はあくまでも余裕を持っての数であり、詰めて座れば8名搭乗できるとの説もある。 なお運用に際しては車長が普通科部隊の分隊長を兼ねており、歩兵戦闘時は分隊長が下車して指揮を執ることができないため、乗車しながら指揮を執ることになるが、本車の戦闘指揮と小銃分隊双方の指揮を執る重責を担うこととなる。 兵員室には、天井と車体後部にハッチが設けられており、通常の乗降は車体後部の観音開き式のハッチから行なう[3]。兵員の乗車射撃は、兵員室天井の左右開き式のハッチを展開して行なうことも可能だが、車内から隊員が射撃できるよう、防弾ガラスと小銃を差し込む孔が設けられた複雑な造りのガンポート[1]が車体両側面各3基と車体後部扉の1基、計7基が設けられている[2]。兵員室内部が背中合わせに乗車するのは、このガンポートを使用しての射撃を行うためである。防御力を下げないよう使用しない時はボウル状のカバーで覆われているが、内部のハンドルを上げると展開し、89式5.56mm小銃を被筒部まで差し込んで射撃できる[3]。このガンポートは装甲の弱点になるため時代遅れであるという評価がある[10]ものの、近年の非正規戦において、歩兵の戦闘方法としてガンポートが見直される可能性も否定できず、イスラエル国防軍のナグマホンのように、新型の装甲車であってもガンポートを採用した例も存在する。なお、ガンポートとは別に乗車する隊員の外部視察用ペリスコープが合計8ヶ所に設けられている[3]。
比較
配備各国の歩兵戦闘車と比べて遜色無い車両だが、1台6-7億円弱という高価格が災いして配備された部隊はごく少数に過ぎない。配備部隊は第7師団第11普通科連隊の第1・3・5普通科中隊[2]と、富士教導団普通科教導連隊の第1普通科中隊となっている。その他には、第1陸曹教育隊普通科教育中隊と武器学校にも少数が配備されている。 生産数は平成16年度調達分までの68両[7]であり、それ以降は調達されていない。
事実上の機甲師団である第7師団唯一の普通科連隊であり、全部隊が73式装甲車で装甲化されていた第11普通科連隊に集中的に配備が進められていたが、年間調達数が1-2両故に1両6億円以上という価格であったため、第11普通科連隊の全ての73式装甲車の更新には至らなかった。第11普通科連隊以外の北海道の普通科連隊が装備している73式装甲車については96式装輪装甲車で更新しつつある。 第11普通科連隊所属車両の砲塔前部には各中隊のマークがついている。
備考静岡ホビーショーにて2004年以降恒例行事となっている自衛隊車輌の一般展示において、2008年に初めての無限軌道装備車として展示された。長距離の公道の自走が困難であるため、搬入・搬出は戦車運搬用トレーラーが用いられた。 2014年9月の御嶽山の噴火では、長野県知事から陸上自衛隊への災害派遣要請によって山頂付近の遭難者捜索のために、降り注ぐ噴石にも耐えられる車両として4両が投入された[13]。 後継89式装甲戦闘車と87式偵察警戒車の後継は、将来の装輪戦闘車両構想の一部と考えられる近接戦闘車として計画され、89式の後継となる「人員輸送型」と、87式の後継となる「偵察型」が計画された。その後、近接戦闘車計画の一部が「共通戦術装輪車」として開発継続され、このうち、89式の後継と考えられる「歩兵戦闘車型」が24式装輪装甲戦闘車として制式化された。 近年、尖閣諸島問題をはじめとして今まで考慮されてこなかった島嶼作戦の必要性が生じてきたため、アメリカ海兵隊が装備している水陸両用能力を持つ強襲揚陸用装甲車AAV7も導入されている。 なお、陸上幕僚監部防衛部防衛課開発室は、2020年(令和2年)に「諸外国の装軌式装甲車に係る調査」を部外発注している[14]。 派生型
登場作品映画・オリジナルビデオ
アニメ・漫画
小説
ゲーム
その他
脚注注釈出典
参考文献
関連項目外部リンク
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