群 (数学)
数学における群(ぐん、英: group)とは、ある二項演算とその対象となる集合とを合わせて見たときに結合性を伴い単位元と逆元を備えるものをいう。数学において最も基本的と見なされる代数的構造の一つであり、数学や物理学全般において、さまざまな構成に対する基礎的な枠組みを与えている。群はそれ自体が研究対象であり、その領域は群論と呼ばれる。 概略群の概念は、数学的対象 X から X への自己同型の集まりの満たす性質を代数的に抽象化することによって得られる。この集まりは X の対称性を表現していると考えられ、結合法則・恒等変換の存在・逆変換の存在などがなりたっている。集合論にもとづき X が集合として実現されている場合には、自己同型として X からそれ自身への全単射写像を考えることになるが、空間や対象の持つ構造に応じてさらに付加条件を課すことが多い。例えば、ベクトル空間 X に対してその自己同型写像の集まりを考えると群が得られる。また、平面上に正三角形など何らかの対称性を持った図形が与えられているとき、平面全体の変換のうちでその図形を保つようなものだけを考えることによって、図形の対称性を表す群を取り出すことができる。 定義集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が群であるとは、以下の3つの条件を満たすことをいう:
群よりも広い概念として、1 を満たすものは半群、1 と 2 を満たすものはモノイドという。 なお、二項演算を写像として強調したい場合を除けば、通常 μ(g, h) のことを g・h や単に gh と書くことが多い。またこの演算を「積」や「乗法」と呼ぶことが多いが、加法と呼ばれている二項演算をもとにしてできる群もあるので、注意する必要がある。さらに積が文脈から明らかなときには、群 (G, μ) のことを単に群 G と台集合を指定するだけで済ませることがほとんどである[1]。 群 (G, μ) がさらに
を満たすとき、この群のことをアーベル群(可換群)という。アーベル群の演算は "+" を用いて加法的にも書かれ、この際 g の逆元は −g と書かれる。 現代の標準的な群の定義は上述のようなものであり、公理は左右対称に書かれているが、これらは冗長であることが知られていて、たとえば結合法則と左単位元の存在と左逆元の存在だけを要請してもよい[2]。あるいは G が空集合でなく、結合法則と左右の商が存在すること を要請してもよい[2]。また複雑な単一の公理により群を定義する方法もいくつか知られている[3]。 具体的な群
基本的な概念位数群 G の元の数(基数)のことを位数 (order) という[1]。位数は集合に倣って |G| や #G などの記号で表される。位数が有限な群を有限群という。 部分群群 G の空でない部分集合 H が G の群演算に関して閉じていて、H の任意の元に対して、逆元が H の元であるとき、この部分集合 H を G の部分群といい H ≤ G または G ≥ H と表す。これは空でない部分集合 H の任意の元 a, b に対して ab−1 ∈ H が成り立つことと同値である[4]。 G が群であれば、G および {e}(単位元のみからなる群、単位群)は必ず G の部分群になる。これらを自明な部分群という(単位元のみからなる部分群のみを指す場合もある)。それ以外の部分群は、自明でない部分群あるいは真の部分群と呼ぶ(真部分集合であるような部分群という意味で、真の部分群に単位群を含める場合もある)。 部分群 N が群 G の任意の元 g に対して gNg−1 = N を満たすとき、N をGの正規部分群といい、 または と書く。 アーベル群 G の任意の部分群は正規部分群である。また、自明でない群 G が自身と自明な部分群しか正規部分群を持たないとき、G は単純群であるという。 剰余類・剰余群部分群 H と G の元 g について、gH はある G の部分集合になる。2 つの g, g' について gH, g'H は全く一致するか交わらないかのいずれかである。従って、 と非交和に書き表せる。それぞれの gH を (H を法とする g の属する G の) 剰余類(または傍系)という。|gH| = |H| が成り立つので結局 |G| = |Λ||H| が成り立つ。G が有限群ならばこれは H の位数が G の位数を割り切るということをいっている(ラグランジュの定理)。特に素数位数の群は巡回群である。|Λ| を [G : H] とか (G : H) などと書いて H の(G に対する)指数という。指数 1 の部分群はもとの群であり、指数 2 の部分群は常に正規部分群である。 N を正規部分群とするとき gN = Ng が成り立つ。すると、二つの剰余類 gN, hN について gN · hN = ghNN = ghN が成り立ち、剰余類の間に演算を定義することができる。ここからすぐにこの剰余類全体は群を成すことが分かる。この群を G の N による剰余群または商群といい、G/N と表す。 群の準同型・同型群 G1 から群 G2 への写像 f が任意の G1 の元 g, g' について f(gg' ) = f(g)f(g' ) を満たすとき、f を準同型(写像)という。(G1 = G2のときは特に自己準同型という。)さらに準同型 f が全単射であれば、f を同型(写像)という。G1 から G2 への同型が存在するとき、G1 と G2 は同型であるといい、
と表す。2つの群 G1, G2 とその間の準同型写像 f: G1 → G2 に対し、準同型 f の核 Ker f は G1 の正規部分群である。このとき f の像 Im f は G を f の核 Ker f で割った剰余群に同型である: 群 G の自己同型(G から G への同型写像)全体の成す集合を Aut(G) と表すと、 Aut(G) は写像の合成を積として群となる。Aut(G) を G の自己同型群と呼ぶ。 群 G の任意の元 g に対し、写像 Ag: G → G を
で定めると、この写像は G の自己同型を定める。この形で得られる自己同型を G の内部自己同型と呼び、G の内部自己同型全体の成す集合を Inn(G) と表す。Inn(G) は Aut(G) の正規部分群であり、Inn(G) を G の内部自己同型群と呼ぶ。さらに剰余群 Out(G) = Aut(G)/Inn(G) を外部自己同型群とよび、その元を外部自己同型という。群 G の部分群 N が正規部分群であることと、N が G の任意の内部自己同型で不変であることは同値である。さらに N が Aut(G) の作用で不変なら N は G の特性部分群であるという。 共役群 G の二つの元 x, y に対し、y = Ag(x) = gxg−1 となる g ∈ G が存在するとき、x と y は互いに共役(共軛ともかく)であるという。同様に、部分群 H, K に対し、H = gKg−1 となる g ∈ G が存在するなら、二つの部分群 H, K は互いに共役であるという。共役であるという関係は群 G の同値関係である。群 G を共役という同値関係で類別したときの同値類を共役類という。有限群 G をその共役類 Cl1, ..., Cln に類別すれば、位数に関して次の等式 を考えることができる。これを類等式と呼ぶ。G の元 x がその中心 Z(G) に属することと x の属する共役類が {x} なる一元集合であることとは(中心の定義から直ちにわかるように)同値であり、2 個以上の元からなる共役類の全体を C1, C2, ..., Cr とすれば、類等式は の形に書くことができる。有限群 G が p-群(位数が p の冪であるような群)ならば、その中心が自明群でないことは類等式から直ちにわかる。 中心・中心化群・正規化群群 G のすべての元と可換な G の元の全体を Z(G) や C(G) などと書いて、G の中心という。群 G とその部分集合 S に対し、G の部分集合 は S をその中心に含む G の部分群となる。この群 CG(S) を S の G における中心化群という。S が一元集合 {x} であるとき、CG({x}) を CG(x) と略記する。G の各元 x に対して、その中心化群 CG(x) の G に対する指数 [G : CG(x)] は x の属する共役類の位数に等しい。 群 G の部分集合 S に対して、G の部分集合 は(S が部分群でなくとも)G の部分群となる。この NG(S) を S の G における正規化群と呼ぶ。H が群 G の部分群であるときは、その正規化群 NG(H) は H を含む。また H は正規化群 NG(H) の正規部分群である。これを、NG(H) は H を正規化 (normalize) するといい表す。一般に G のふたつの部分群 H1, H2 に対し、H1 が H2 を正規化するとは、 が H1 のどの h についても成立することを言う。 可解群・交換子群・冪零群群 G が、G の部分群の有限列 G0, G1, ..., Gn で 2 条件
を満たすもの(アーベル的正規列)を持つとき、G は可解群であるという。 最小位数の非可解群は5次の交代群 A5 である。 奇数位数の有限群はすべて可解であることが、ジョン・G・トンプソンらによって証明されている(ファイト・トンプソンの定理)。トンプソンはこの業績によりフィールズ賞を受けた。 標数 0 の体上において、代数方程式が代数的に可解となることと、その方程式のガロア群が可解群となることは同値である(一般の正標数では同値にならない)。このことが可解群の名の由来である。また、4 次以下の交代群は可解であるのに対し、5 次の交代群 A5 は可解でなく、したがってそれは 「5 次の一般代数方程式はべき根のみによって解くことは出来ない」という命題の証明となる。 また、可解群の定義は次のように述べることもできる(上の定義と同値): G の部分群 D(G) を
と定め、H1 = D(G), H2 = D(H1), ... と帰納的に G の部分群 Hi を定めるとき、Hr = {e} となる自然数 r が存在するならば G を可解群と呼ぶ。 一般に、xyx−1y−1 を x と y の交換子と呼び、[x, y] であらわす。さらに G の部分群 H, K に対し、[h, k] (h ∈ H, k ∈ K) の形の元で生成される G の部分群を [H, K] で表し、H と K の交換子群という。 この記号を用いれば、D(G) = [G, G] であり、これを G の交換子群と呼ぶ。D(G) は G の特性部分群、したがって特に正規部分群である。すぐに分かるように、D(G) = {e} は G がアーベル群となることに同値である。したがって、剰余群 G/H がアーベル群となるなら H ⊇ D(G) であり、自然に G/H ⊆ G/D(G) と見なせるので、G/D(G) は G の剰余アーベル群の中で最大のものになる。よって G/D(G) を G の最大剰余アーベル群あるいは G のアーベル化、アーベル商などと呼ぶ。 次の2つの同値な条件を満たす群を冪零群 という。
可換群および有限 p 群はべき零群である。また、べき零群は可解群である。 可解性・べき零性の遺伝:べき零群の部分群および剰余群はべき零群である。可解群の部分群および剰余群は可解群である。逆に G の正規部分群 N と剰余群 G/N がともに可解群なら G は可解群である。(べき零群の場合には同様の主張は成り立たない。) 群の直積と半直積群 G と群 H に対し、その直積集合 G × H 上に という積を定めることで群となる。これを群の(外部)直積または構成的直積という。また、群 G がその部分群 H1, H2 の(内部)直積である、あるいは直積に分解されるとは、以下の条件
がすべて満たされることをいう。 で表す。右辺の直積を構成的直積と呼ぶこともある。G の部分群という構造を落として、H1, H2 の外部直積をつくったものと内部直積とは、二つの自然な埋め込み をそれぞれ同一視することで本質的に同じものであることがわかる。 群 H と群 N と準同型写像 f: H → Aut(N) が与えられているとき、直積集合 N × H 上に で積を定めると群となる。これを H と N の f による半直積といい、 で表す。なお、この群で N は正規部分群となる。群の拡大も参照。 有限群→詳細は「有限群 § 主要な定理」を参照
有限アーベル群の基本定理→詳細は「有限アーベル群の構造定理」を参照
G を有限可換群とすると、2以上の整数 が存在して、G は と巡回群の直積に分解する。このような ei たちは一意的に定まる。 また、素数 p1, ..., pr(重複してもよい)と、正の整数 a1, ..., ar が存在して、 と素数べき位数の巡回群の直積に分解する。このとき、 は順序の差を除き一意的に定まる。 コーシーの定理→詳細は「コーシーの定理 (群論)」を参照
有限群 G の位数 |G| の素因数を p とするとき、位数 p をもつ G の元が存在する[5]。 シローの定理→詳細は「シローの定理」を参照
素数 p が与えられているとき、有限群 G の位数を |G| = pam (ただし m は p と互いに素)と表す。このとき位数 pa の G の部分群を p-シロー部分群という。p-シロー部分群について以下が成り立つ[6]。
シューア・ツァッセンハウスの定理→詳細は「シューア–ツァッセンハウスの定理」を参照
N を有限群 G の正規部分群とし、|N| と |G:N| が互いに素であるとき、G の部分群 C が存在して、G は N と C の半直積となる。 バーンサイドの paqb 定理p, q を素数とするとき、位数 paqb の有限群は可解である[7]。 有限べき零群の構造定理有限べき零群はそのシロー部分群の直積に同型である[8]。 歴史群の概念が初めてはっきりと取り出されたのは、エヴァリスト・ガロアによる根の置換群を用いた代数方程式の研究だとされている。 16世紀中頃に、ジェロラモ・カルダーノ、ルドヴィコ・フェラーリらによって四次方程式までは冪根による解の公式が得られていたが、5 次以上の方程式に解の公式が存在するのかどうかはわかっていなかった。その後18世紀後半になってラグランジュによって代数方程式の解法が根の置換と関係していることが見出された。(「ラグランジュの定理」にその名が残っているのはこのためである。)19世紀に入り、ルフィニやニールス・アーベルによって五次以上の方程式にはべき根による解の公式が存在しないことが示された。 ガロアは、より一般に任意の代数方程式について根が方程式の係数から加減乗除や冪根の操作によって得られるかどうかという問題を、方程式のガロア群の可解性という性質に帰着した。ガロアの研究に端を発する群を用いた代数方程式の理論は今ではガロア理論と呼ばれている。 ガロア理論によれば五次以上の代数方程式の非可解性は交代群が単純であることによって説明される。このような有限単純群の分類は20世紀に大きく発展し、1980年代までにいくつかの系列と26の例外からなる有限単純群の同型類のリストアップが完成した。 特殊な応用例抽象的な群の概念を考えることによって古典的な数学の対象とは異なるものに群の言葉を導入することができるようになる。文化人類学に群の理論が応用された例として、アンドレ・ヴェイユによるムルンギン族の婚姻体系の解析が挙げられる。オーストラリア・アボリジニのムルンギン族は独特の婚姻体系を持っており、結婚が許される間柄や許されない間柄を定める規則が西洋や日本のものとは全く異なっていた。文化人類学の研究では婚姻関係の規則を列挙して述べるのが普通だったが、ムルンギン族の体系は厳密だがとても複雑なもので、そうした手法による理解は困難に思われた。1945年にクロード・レヴィ=ストロースからこの話を聞いたアンドレ・ヴェイユは、許される婚姻の型を決定する規則が群をなしていることなどを発見し、群論を活用してその体系を解明した。 出典
参考文献
関連項目外部リンク
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