流山(ながれやま)は、千葉県流山市の地名。町である地番整理施行地区(流山一丁目~九丁目)と、大字である未施行地区(大字流山)があるが、本項目では共に取り上げる。郵便番号は、流山一丁目~九丁目、大字流山共に270-0164[2]。
地理
流山市南部に位置する。歴史上の流山市の中心地域であり、平和台、加と共に流山市の行政上の中心地でもある。江戸川に沿った縦に長い地域となっている。一丁目に近接して流鉄流山線流山駅、四丁目に市立流山小学校、九丁目に県立流山南高等学校、イトーヨーカドー流山店、九丁目に近接して流鉄流山線平和台駅がある。また、大字流山の飛び地に市立南流山中学校がある。
東は平和台・西平井、西は埼玉県三郷市早稲田、南は南流山、北は加と接している。
小字
大字流山には小字が残っているほか、流山一丁目~九丁目は地番整理が行われておらず、前身の大字流山から引き継いだものを中心に11の小字が存在する。ここでは、北から順に列挙する。
- 根郷
- 根郷尻
- 根郷尻下
- 宿分
- 尻下
- 東谷
- 中畑
- 馬場
- 蔵下(流山八丁目と大字流山に跨る)
- 東谷
- 新東谷
消滅した小字
- 四斗蒔(1988年(昭和63年)に南流山七丁目に編入)
- 馬場下(1988年(昭和63年)に南流山七丁目に編入)
- 境田(1988年(昭和63年)に南流山五・六・七丁目に編入)
- 高田(1988年(昭和63年)に南流山三・四・五丁目に編入)
- 五畝割(1988年(昭和63年)に南流山六・七・八丁目に編入)
- 丑之起(1988年(昭和63年)に南流山三・四・五・六丁目に編入)
- 丑沼田(1988年(昭和63年)に南流山六・八丁目に編入)
- 己ノ起一番横手(1988年(昭和63年)に南流山二・三丁目に編入)
歴史
沿革
- 1869年(明治2年) 葛飾県と葛飾郡流山町からなる。
- 1871年(明治4年) 廃藩置県により印旛県葛飾郡流山町となる。
- 1873年(明治6年) 県の統合及び、郡の分割により千葉県東葛飾郡流山町となる。
- 1889年(明治22年) 東葛飾郡鰭ケ崎村、加村、西平井村、木村、三輪野山村と合併し、東葛飾郡流山町大字流山となる。
- 1951年(昭和26年)4月1日 八木村、新川村と合併し、東葛飾郡江戸川町大字流山となる。
- 1952年(昭和27年)1月1日 江戸川町が流山町に改称。再び、東葛飾郡流山町大字流山となる。
- 1967年(昭和42年)1月1日 市制施行により、流山市大字流山となる。
- 昭和期に流山市流山一丁目~九丁目を新設。流山一丁目~九丁目と大字流山となる。
町名の変遷
実施後
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実施年月日
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実施前(各大字ともその一部)
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流山一丁目
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昭和期
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大字流山字根郷・字根郷尻
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流山二丁目
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大字流山字根郷・字根郷尻下、大字西平井字二ヶ谷
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流山三丁目
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大字流山字根郷
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流山四丁目
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大字流山字根郷尻下、大字西平井字二ヶ谷・字二ヶ谷羽中
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流山五丁目
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大字流山字宿分、字根郷尻下・大字西平井字二ヶ谷羽中
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流山六丁目
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大字流山字宿分・字宮下・字東谷
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流山七丁目
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大字流山字宿分・字宮下・字中畑
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流山八丁目
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大字流山字宿分・字中畑・字馬場・字蔵下
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流山九丁目
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大字流山字東谷、西平井字柳田・字谷新田
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大字流山
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明治以前(継承)
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大字流山字蔵下・字東谷・字新東谷・字己ノ起
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世帯数と人口
2017年(平成29年)11月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字・丁目 |
世帯数 |
人口
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流山
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405世帯
|
909人
|
流山一丁目
|
147世帯
|
331人
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流山二丁目
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307世帯
|
665人
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流山三丁目
|
126世帯
|
251人
|
流山四丁目
|
214世帯
|
459人
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流山五丁目
|
134世帯
|
325人
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流山六丁目
|
146世帯
|
347人
|
流山七丁目
|
142世帯
|
359人
|
流山八丁目
|
415世帯
|
1,038人
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流山九丁目
|
174世帯
|
379人
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計
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2,210世帯
|
5,063人
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小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4][5]。
施設
関連項目
脚注
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北部地域 | |
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中部地域 | |
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南部地域 | |
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東部地域 | |
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カテゴリ |