水流モデル水流モデル (すいりゅうモデル、英: electronic–hydraulic analogy) は、金属のような導体に電圧をかけた際に発生する、電子の流れを説明する時に使用されているアナロジーである。電流は目に見えず、電気回路中で起こる過程を説明しづらいため、各種電子部品が電流に対して果たす役割を水流で表現するものである。電気は元来、ある種類の流体として理解されており、電気を特徴付ける各種の量の名前も「電流」など、流体を想起するものになっていることがある。 水流モデルの構成方法このモデルを構成する方法は1通りではない。大別して重力によって圧力を生み出すモデルと、ポンプによって圧力を生み出すモデルがある。 重力における圧力では、大きな水タンクを複数用意して、片方を高所におくか、水位を異なるようにするなどして、水頭の位置エネルギーを圧力元とする。このモデルでは電位が重力ポテンシャルと等価である強みがある。 第2の方法は、圧力を生み出すポンプを用いて、重力は用いないものである。こちらは回路の電源が明確になり、回路を完成させられる点において有利である。この方法については、次節で検討する。 その他の方法でも、流体の流れを扱う方程式と電荷の流れを扱う方程式の類似性に準拠している。流量と圧力は定常の場合でも非定常の場合でも、水流のインピーダンスから計算できる[1][2]。水流のインピーダンスは、水圧と体積流量の比として定義される。このとき、圧力と流量はフェーザ表示で扱われるため、大きさと共に位相も持つ[3]。 音響学においては、水流モデルの変種として、圧力と音速の関係を音響インピーダンスと定義するものが使われている。この方法では、穴を1つ開けた大きなキャビティ(空洞)はコンデンサに類似する。圧力が時間に依存して大気圧と異なる場合、キャビティに圧縮エネルギーが蓄えられる。穴(あるいは長い管)は空気の流れの運動エネルギーを蓄えるインダクタに類似する[4]。 回路によるモデルは、磁気ミラー中でのプラズマの流体力学的不安定性のフィードバック安定化をモデル化するためにも使用された[5]。この応用は、極板への電圧印加によってプラズマを中心に維持するためのものである。乱流および非線形効果が存在していることを除けば、プラズマは(アナロジーではなく)本当の電気回路を作ると考えられる。 水平な水流による水流モデル電圧、電流、電荷一般に電位は水頭に相当するが、このモデルでは、水が水平に流れることを仮定するため重力は無視でき、電位は圧力に相当する。電圧(電圧降下又は電位差)は、2点間の圧力の差である。電位、電圧は、通常ボルト単位で表す。 電流は流量、つまり単位時間当たりに流れる水の体積に相当する。通常アンペア単位で表す。 電荷は水の量に相当する。 基本的な回路素子
太いパイプに水を満たしたものは導線に相当する。導線に例える場合は、パイプの両端にキャップがついていると考える。導線の片方の端を回路に接続することは、パイプの片方の端のキャップを外して別のパイプに接続したことに相当する。高圧電源に接続したような少数の例外を除き、片方の端だけ導線を回路に接続しても何も起こらない。他方の端にはキャップがついたままなので、回路には何も流れない。 抵抗は細くなったパイプに相当する。細いパイプでは、同量の水を通すにもより強い圧力を必要とする。いかなる導線にも電流に対する抵抗があるように、すべてのパイプもまた、水が流れる時に抵抗がある。 キルヒホッフの法則におけるノード(接点)はパイプの分岐に相当する。分岐に正味で流入した量と同じだけ流出がある。
水流モデルにおけるコンデンサは、両端がそれぞれパイプにつながったタンクで、タンク内がゴムシートで分割されている(油圧アキュムレータ)状況に相当する[6]。水が片方のパイプから入り込むと別の側のパイプから出ていくことになるが、ゴムシートを水が貫くことはない。ゴムが伸びることによってエネルギーを蓄えることができる。より多くの水がコンデンサを「通る」につれて、コンデンサの流入側圧力は高まる。このように、コンデンサでは電流が電圧を生み出すといえる。流入側の内圧が印加された圧力と等しくなるにつれて電流は減っていく。このようにして、コンデンサは一定の圧力やゆっくり変化する低周波圧力を通過させず、高速で変化する圧力のみを通過させる。 インダクタは水車に相当する。水車の質量とブレードのサイズが大きいと、慣性によって水の流速はゆっくりとしか変化できなくなる。しかし、一定流速の流れは、充分な時間が経てば水車から抵抗を受けずに通過できるようになる。このとき水車は流速と等しい速度で回転している。水車の質量やブレード表面積はインダクタンスにあたり、軸とベアリングの間の摩擦はインダクタの抵抗に対応する。別のインダクタのモデルとして、単に長いパイプを考えることもできる。考えやすいように渦巻き状に捻ってあっても構わない。流体の慣性を利用するこのようなデバイスは、水槌ポンプの基幹部に実際に用いられている。パイプを通る流水の慣性はインダクタンスの効果をうみだす。インダクタは流れの急激な変化を「排除」して、遅い変化だけを通過させる。パイプ内壁から流体が受ける抵抗力は寄生抵抗に例えられる。いずれのモデルでも、最初に電流が流れ始める時にはインダクタをまたいだ圧力源(電圧)が必要である。このようにインダクタ中では電圧が電流を生み出す。電流が増加し、素子内部の摩擦や回路中の他の素子が定める限界の大きさに近づくにつれて、インダクタをまたいだ圧力低下は小さくなっていく。 理想的な電圧源(電池)はフィードバック制御付きのポンプである。両端に圧力計を置けば、電流がどんな値であってもこの種のポンプは一定の圧力差を作ることがわかる。回路の一端が接地されているなら、ポンプのモデルの代わりに、水が高い位置に貯められていて、多少の水が流れても水位が変化しないほど充分な量がある状況を考えてもよい。理想的な電流源のアナロジーを考えるためには容積式ポンプを用いることになる。流量計を付ければ、このようなポンプが一定速度で駆動すると流速が一定に保たれることがわかる。 その他の回路素子
ダイオードは一方通行のチェック弁に若干の漏れのあるバルブシートがついている状況と対応する。ダイオードと同様、バルブを開くには小さな圧力差が必要である。またダイオードと同じく、逆バイアスをかけすぎれば、バルブの損傷や破壊につながる。 トランジスタは小流量のシグナルによって制御されるバルブである。シグナルはバイポーラトランジスタでは一定の電流であり、FETでは一定の電圧である。シグナルに相当する流れはダイアフラムを通じてプランジャーを動かし、別のパイプのバルブを作動させて流れを制御する。 CMOSは2つのMOSFETを組み合わせたものである。入力圧力の変化により、ピストンが出力にゼロまたは正圧を接続する。 メモリスタは流量計によって制御されるニードルバルブである。順方向に水が流れると、針状のバルブが流れを絞るように動く。一方で逆向きに水が流れると、バルブが開いて抵抗を小さくする。 原理的な等価性電磁波の速度(伝搬速度)は水中の音速に相当する。スイッチを入れたり閉じたりしたとき、電気的な波は導線中を素早く伝わる。 電荷の流れる速度(ドリフト速度)は水中の粒子の速度に相当する。粒子の速度は比較的ゆっくりとしか変化できない。 直流はパイプの回路においては一定流量の流れに相当する。 低周波の交流は水がパイプ中を前後に往復している状態に相当する。 高周波交流及び伝送線路は水のパイプを音波が伝播している状況に近い。ただし、このアナロジーは、交流電気回路で流れの向きが周期的に反転することを表してはいない。すでに述べたように、流体は圧力の変動は容易に伝える一方で、流量はゆっくりとしか変化させられないので、高周波では流れの反転は起こりえない。音波に例えられるのは、単純な交流電流ではなく直流電流に高周波のリップルが重ねられているような状況である。 誘導コイルでの誘導点火は水の慣性によるウォーターハンマーと類似している。 方程式の例電気と流れが類似している例をいくつか挙げる。
微分方程式が同じ形であれば、応答は類似する。 水流モデルの限界水流モデルには限界もある。電気と水の振る舞いの異なる部分について認識することがこのアナロジーを有効に使う上で求められる。
このモデルを的確に使うには、モデル系(水力系)の原理への相当な理解が求められる。また、水力系の原理の中でも電気回路に適用できるものだけを選ばなければいけない。水力系は一見シンプルである。しかしながら、あらゆる問題がそうなのではなく、たとえば、ポンプのキャビテーション は、よく知られた、複雑な問題で、流体や灌漑の専門家でもなければ、理解できない。「キャビテーション」に対応する電気工学の問題はない。電気回路の詳細な理論が必要となる局面では、水流モデルが誤った理解をもたらす可能性がある。 同様に、現実的に充分ありうるようなモデルを作り出すのは困難なこともある。上記の「電気の摩擦」は水流モデルではスポンジを詰めこんだパイプで表されたが、これが問題となる例で、どうしてもモデル化しようとすれば、現実的にはありそうもないほど複雑になってしまうのである。 脚注
関連項目 |