幽霊男
『幽霊男』(ゆうれいおとこ)は、横溝正史の推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。『講談倶楽部』において1954年1月号から同年10月号まで連載された。 あらすじ1月22日、神田神保町のヌードモデル仲介業者「共栄美術倶楽部」に、ペンネーム佐川幽霊男(ゆれお)こと佐川由良男(ゆらお)と名乗る、歯が3本しかない薄気味の悪い男が現れ、店にいた3人の中から恵子を選んでモデルとして雇う契約をしていった。翌23日午後3時に佐川と西荻窪駅で落ち合ってアトリエへ向かった恵子と、恵子に頼まれて尾行していた弟・浩吉が、共に9時ごろになっても戻らないので、「共栄」を溜まり場にしている「猟奇クラブ」の3人の幹部、加納、菊池、建部とモデルの鮎子が様子を見に行ったところ、恵子の姿はなく浩吉は薬で眠らされたうえ縛られて押入に閉じ込められていた。そして、恵子はトランクに詰めて駿河台の聚楽ホテルの客室へ運ばれ、薬で眠らされたまま浴槽で頸動脈を切られて失血死していた。恵子が呼ばれたアトリエは元々は津村という画家のもので、現在は空き家になっていて管理している周旋業者に無断で使われていた。 事件のあと、かえって千客万来となった「共栄」で、2月15日の夕方、幽霊男が次の犯行を予告する声明が録音されたテープが、モデルの裸身を確認する部屋に置かれた時限装置で再生された。契約のためにその部屋を使った者が置いた可能性が高いため警察がリストを確認すると、正体が確認できない「山田太郎」という契約者があり、美津子を指名していた。数日後、菊池がモデルの貞子と美津子を自動車で送り貞子を降ろして2人になったあと、護国寺付近で運転手がエンストを装って停車し、2人をピストル型の麻酔薬噴射器で眠らせる。このとき恵子の仇討をしようと美津子を警戒していた浩吉が自転車で追いつき、トランクに潜り込んでいた。 美津子が目覚めると裸にされており、顔中に繃帯を巻いた男に撮影されていた。男は自分が「山田太郎」で「幽霊男」だと名乗り、繃帯を解いて顔を見せようとするが、車庫から脱出した浩吉が津村らしい男を見かけて声を上げてしまい取り押さえられる音がしたため、美津子は再び薬で眠らされる。翌朝、薬で眠らされたまま道路に寝かされた菊池が警察に保護され、美津子と浩吉は眠らされて貸ボートの中に寝ているところを幽霊男からの電話を受けた建部が勝鬨橋近くで発見する。美津子は精神的ショックを受けて、そのあと仕事に復帰しなかった。 3月24日、伊豆半島南方S温泉地の百花園ホテルに猟奇クラブのメンバーと「共栄」のモデルたちが集合し、翌25日に野外ヌード写真コンクール「美の饗宴」が開催された。その途中、前日に部屋に蜘蛛が居て寝付けなかったため気分が悪いと言って庭の奥へ向かった貞子が戻ってこない。探しに行った菊池とマリが太腿で切断された2本の脚を庭園内の池に浮かぶ島で発見、上半身は別の池で水蓮に囲まれて「沐浴(ゆあみ)する女」のポーズで発見される。死体切断に使った凶器と思われる道具が入ったスーツケースが発見され、加納を名乗る電話があったあと男が現れて持ち込んだことが明らかになる。そのあと上半身が発見された池でマリのコンパクトが発見され、マリが何かを見たと考えた金田一が急いで捜索させるが、ホテルの地下で絞殺死体となって発見される。マリはスーツケースを持ち込んだ男の服装を着せられており、金田一はスーツケースの中に着替えが入っていた、男は凶器を持ち込む役割の共犯者だったと推理する。 金田一が執拗に加納のアリバイなどを確認するので、等々力が事情を訊くと依頼者が加納を疑っていると答えるが、依頼者が誰かは明かさなかった。一方、金田一は等々力から加納の過去を聞く。加納は元々激しい性格なのを妻がうまく手綱をとっていたが、4 - 5年前に妻を亡くしてから放蕩するようになった。ただ、1年あまり前に一時的に放蕩を止めた時期があり、愛人があったらしいが何者か判らないという。 4月10日、浅草馬道裏通りの「昭和人形工房」に繃帯男が現れ、鮎子そっくりで関節が自由に動く蝋人形を主人の河野に発注した。気味悪がった妻・篠が納期の4月25日に人形を取りにきた者を尾行して行先が隅田川に面した今戸河岸の洋館であることを突き止め、警察に通報する。等々力たちはその洋館の状況が美津子と浩吉が連れて行かれた場所に合致することを確認する。また、2階には美津子の死体があった。そこへ加納がモーターボートでやってきた。等々力たちに追及された加納は密会場所に使っていたことは認めるが、相手の「マダムX」が何者なのか知らないと主張する。そこへマダムXが隠し階段から現れ、ピストルを撃って加納を連れて逃走、そのあと加納は行方不明となる。 5月3日の昼どき、数寄屋橋で有線拡声放送を手がける「ヤマト宣伝会社」に繃帯男が現れ、一人だけ残っていた事務員と防音室内のアナウンサーを眠らせて幽霊男の犯行予告の録音を放送する。 鮎子は浅草の麗人劇場のストリッパーに転身していた。花火と発煙筒を使った火事騒ぎが起こり、金田一たちが鮎子を守ろうと奔走するが結局誘拐される。鮎子は誘拐犯が河野とマダムXであるらしいと知ったあと、隙をついて逃げ出しタクシーで麗人劇場へ戻る。警察はタクシー運転手の証言から逆算して場所を突き止めようとするが成功しない。 鮎子が復帰してしばらく後の舞台で、明らかに不審な動きがあり、等々力が叫んで照明を明るくさせると、繃帯男に扮した相手役の偽者が鮎子に似せた人形の胸に短剣を突き刺して逃走する。そのあと、海底を模した舞台装置が降りてきて、さらに繃帯男が、そして胸を刺された鮎子がダイビングの姿勢で降りてきた。繃帯男は津村で、毒殺されていた。また、舞台上の簀の子へ上がる階段で脚を踏み滑らせたと思われる建部が倒れていた。建部は入れ歯が外れており、歯が3本しか無かった。警察が改めて建部の経歴を調べると、大学時代に演劇部で老け役を得意としていたことが判明し、最初に現れた幽霊男が建部であったことが明らかになった。 頑なに黙秘を続ける建部であったが、検事尋問に金田一が同席し、建部の父に依頼されていたことを明かして真相の根幹を指摘すると、建部は語り始めた。建部は生きた恵子を聚楽ホテルで「発見」してスクープを捏造するつもりだったが、ホテルの鍵を掏り取られて予定が狂った。そして、その計画を誰かに利用されて連続殺人になったのだ。 金田一は鮎子の人形が麗人劇場へ運び込まれる機会は誘拐騒ぎのときしか無いことから、鮎子が誘拐直後に見た人形は河野がマダムXの依頼で改めて作ったものと推理した。そして、誘拐騒ぎのとき菊池が脚をくじいた踊り子を介抱しており、この踊り子が実は運び込む途中の人形だった可能性を指摘する。百花園で菊池とマリが貞子の脚を発見したとき当初マリは近寄っておらず、このときマリが見た脚は人形だったのである。菊池は気分が悪いという貞子に眠り薬を渡して島で飲ませるように仕向け、マリが人を呼びに行っている間に殺害して脚を本物に替え、上半身を水蓮池に設置した。しかし、このときマリは路に迷って貞子の死体が無い水蓮池の岸を通っており、そのことを証言されるとアリバイが崩れることになる菊池がマリを殺害した。 さらに金田一はマダムXの正体を最近やっと突き止めており、菊池の加納への復讐が動機と考えられると語る。そこへ河野から金田一へ電話で、今戸河岸より下流の矢の倉にある、今戸河岸のものに内装を似せた洋館へ加納が連れ込まれたと通報が入る。金田一はマダムXの元にいた河野と浩吉を発見し、各々加納とマダムXの警戒を依頼していたのである。 マダムXの正体は菊池と離婚した婦人服飾店「ミモザ」のあるじ・絹子であった。絹子が自らの運転で帰宅しようとすると、後部座席に潜んでいた菊池が加納を誘拐監禁していることを告げて脅迫し、矢の倉の洋館へ行かせる。菊池は加納を監禁している部屋へ絹子を連れ込み、加納の目前で着衣を剥いで鞭打つが、縛り上げられていた加納は河野が作った蝋人形だった。加納に床に叩きつけられ、ピストルを取り出そうとした菊池を刑事が取り押さえて逮捕する。それでもなお、菊池は加納に罪を押し付けて逃れようと演技を続け、金田一と等々力は嫌悪の表情を隠せなかった。 登場人物
映画版
1954年10月13日に公開された。東宝製作。モノクロ作品。同時上映は『快傑鷹 第二篇』。 主演の河津清三郎は東宝に2本出演するという契約で出演し、同年に本作と同じ小田基義が監督した『透明人間』でも主役を演じた[1]。 ストーリー原作のストーリーの概要を忠実に追っているが大幅に省略しており、推理小説としての謎解きが多く欠落している(特に伊豆百花園の場面)。また、以下のような変更がある。
映像では明確でないが、複数の映画情報サイト(外部リンクの節に列挙されているMovie Walker・映画.com・KINENOTE)に掲載されている全く同一テキストのストーリー情報によると、犯行予告声明テープの再生および美津子への1回目の危害は恵子殺害の翌日、伊豆での撮影会はその数日後、さらにその数日後には美津子殺害と、原作より速いペースで事件が展開している。 キャスト
スタッフ映像ソフト脚注外部リンク
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