ランドルフ郡 (イリノイ州)
ランドルフ郡(ランドルフぐん、英: Randolph County)は、アメリカ合衆国イリノイ州の南西部に位置する郡である。2010年国勢調査での人口は33,476人であり、2000年の33,893人から1.2%減少した[1]。郡庁所在地はチェスター市(人口8,586人[2])であり、同郡で人口最大の都市でもある。 イリノイ州でランドルフ郡が果たした役割故に郡のモットーは「イリノイ州が始まったところ」である。 ランドルフ郡はセントルイス大都市圏に接している。 歴史ランドルフ郡は1795年にセントクレア郡から分離して設立された。郡名はバージニア州知事を務めたエドムンド・ランドルフに因んで名付けられた。バージニア州の軍隊を率いたジョージ・ロジャース・クラークが、アメリカ独立戦争の終戦が近い1778年7月4日にイギリス軍からこの地域を奪取した。この地域はその後短期間、バージニア州イリノイ郡となっていたが、連合会議が1787年7月13日に北西部領土を設立してその中に含めた。この当時バージニア州知事だったエドムンド・ランドルフがアメリカ合衆国政府に領土を譲渡した。イリノイ準州が設立された1809年、準州州務長官のナサニエル・ポープが準州知事を代行する形で、イリノイの最初の2郡として、セントクレア郡とランドルフ郡を再設立する宣言を発した。現在の郡域はペリー郡が分離した1827年に確定した。 ミシシッピ川が郡の歴史で重要な役割を果たしてきており、1881年には郡境を変えた。このとき、カスカスキアをイリノイ州本土に繋いでいた地峡を川が切断し、カスカスキアにあった集落を破壊した。そこにあった歴史有る墓地は川をイリノイ側に渡ったカスカスキア砦に移さざるを得なくなった。カスカスキアはミシシッピ川の西岸の飛び地になっている。チェスター市の南東にあるクレインズ島も川の流れが変わったために生まれたもう一つの飛び地になっている[3]。
地理アメリカ合衆国国勢調査局に拠れば、郡域全面積は597.20平方マイル (1,546.7 km2)であり、このうち陸地575.50平方マイル (1,490.5 km2)、水域は21.70平方マイル (56.2 km2)で水域率は3.63%である[5]。 カスカスキア川が郡内でミシシッピ川に注いでいる。ミシシッピ川は通常イリノイ州とミズーリ州の州境だが、この地点では全幅がイリノイ州になっている。ミシシッピ川は19世紀後半に流れを変え、元州都だったカスカスキアを川の西岸に変えた。しかし州境は昔の流れのままであり、西岸に飛び地ができた。数マイル下流のクレインズ島も同様である。 主要高規格道路
隣接する郡
ランドルフ郡は、同じ名前で2つの州に有る郡、すなわちミズーリ州ペリー郡とイリノイ州ペリー郡に接していることで、稀な存在である。州内では他にクック郡もイリノイ州レイク郡とインディアナ州レイク郡に接している。
気候と気象
近年、郡庁所在地であるチェスター市の平均気温は1月の22°F (-6 ℃) から7月の91°F (33 ℃) まで変化している。過去最低気温は1985年1月に記録された-18°F (-28 ℃) であり、過去最高気温は1988年8月に記録された109°F (43 ℃) である。月間降水量は1月の1.85インチ (47 mm) から5月の4.30インチ (109 mm) まで変化している[6]。 人口動態
政治
ランドルフ郡はイリノイ州南部の保守的な郡であり、最近の選挙では共和党寄りとなっている。 都市と町
未編入の町
州政府の機関イリノイ州矯正省のメナード矯正センターがチェスター市にある[9][10]。死刑囚に対する減刑があった2003年1月11日以前、男性死刑囚はメナードのタムズとポンティアックの矯正センターに収容されていたが、その日以降はポンティアックのみが男性死刑囚を収容している[11]。 メディア郡内で免許を取得しているAMラジオ局が2局ある。週刊紙の「ザ・ランドルフカウンティ・ヘラルド・トリビューン」がチェスターで発行されている。パーシーで発行されている「ザ・カウンティ・ジャーナル」はペリー郡とジャクソン郡にも配布されている。その他、レッドバッドの「ノース・カウンティ・ニューズ」や「スパータ・ニューズ・プレーンディーラー」がある。 チェスター市ではオンライン新聞の SunTimesNews.com が運営されている。 脚注
外部リンク |