大久保雄賢
大久保 雄賢(おおくぼ たけかつ、1886年(明治19年)2月8日[1] - 1940年(昭和15年)4月29日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 経歴1886年(明治19年)に東京府で生まれた[1]。陸軍士官学校第18期、陸軍大学校第29期卒業[1]。1929年(昭和4年)8月に工兵第20大隊長に就任し[2]、1930年(昭和5年)3月に陸軍工兵大佐に進級した[2]。1932年(昭和7年)に陸軍工兵学校教官に転じ[2]、1933年(昭和8年)に陸軍省軍務局防備課長に就任した[2]。 1934年(昭和9年)12月10日に陸軍少将に進級し[2]、対馬要塞司令官に就任した[1]。1936年(昭和11年)12月1日に第16師団司令部附となり[1]、1938年(昭和13年)3月1日に陸軍中将に進級し待命[1]、3月31日に予備役に編入された[1]。 脚注参考文献
|