スペースデブリスペースデブリ(古フランス語: débris、英語: space debris、orbital debrisとも)または宇宙ゴミ(うちゅうゴミ[1]、アメリカ英語: space junk)とは、なんらかの意味がある活動を行うことなく地球の衛星軌道を周回する人工的な宇宙物体のことである。宇宙開発関連の文脈では単にデブリと呼ぶこともある。 宇宙開発の加速やロケット打ち上げ費用の低廉化で宇宙物体が増えることに伴い、寿命や故障で役目を終えてスペースデブリ化する人工衛星も増加している。近年では打上げ計画時からスペースデブリ化を防ぐために運用終了時の対応を決めていたり、予期せぬ衝突を防ぐために宇宙状況監視の能力を高める動きが見られる。 概要本記事で扱う「スペースデブリ」には、耐用年数を過ぎ機能を停止した(された)、または事故・故障により制御不能となった人工衛星から、衛星などの打上げに使われたロケット本体や、その一部の部品、多段ロケットの切り離しなどによって生じた破片、デブリ同士の衝突で生まれた微細デブリ、更には宇宙飛行士が落とした「手袋・工具[2]・部品」、はがれた塗料片など、数10mの巨大なものから数mmの欠片までが含まれる。 なお、天然岩石や鉱物・金属などで構成された宇宙塵(微小な隕石)は「流星物質」と呼ばれ区別されている。 これらスペースデブリの総数は増加の一途[3][4]を辿っているうえ、それぞれ異なる軌道を周回しているため、回収及び制御が難しい状態である。これらが活動中の人工衛星や有人宇宙船、国際宇宙ステーション(ISS)などに衝突すれば、設備が破壊されたり乗員の生命に危険が及ぶ恐れがあるため、国際問題となっている。現にニアミスや微小デブリとの衝突などは頻繁に起こっており、1996年にスペースシャトル・エンデバーのミッション(STS-72)で若田光一宇宙飛行士が回収した日本の宇宙実験室(SFU)には、微細なものを含めると500箇所近い衝突痕が確認された。 スペースデブリは地球中心に対して十分に速移動速度が低い場合は落下して大気圏へ再突入するが、人工衛星として運用する物体は地表に対し、300 - 450kmの低軌道では7 - 8km/s[注 1]、36,000kmの静止軌道でも3km/s[注 2]と非常に高速で移動している。さらに軌道周回物体同士の相対速度では10km/s以上で衝突することもある。運動エネルギーは速度の2乗に比例するため[注 3]、スペースデブリの破壊力はすさまじく、直径が10cmほどあれば宇宙船は完全に破壊され、数cmでも致命的な損傷は免れない。さらに数mmのものであっても場合によっては宇宙船の任務遂行能力を奪う。5 - 10mmのデブリとの衝突は弾丸を撃ち込まれることに匹敵する。 監視→「宇宙状況認識」も参照
衝突を防ぐことを目的として地球近傍のデブリ等を観測する活動は宇宙状況認識(SSA)と呼ばれる。北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)の宇宙監視ネットワーク(Space Surveillance Network、略称:SSN)、ロシアの宇宙監視システム(Space Surveilance System、略称:SSS)などでは約10cm以上の比較的大きなデブリをカタログに登録して常時監視が行われており、日本でも美星スペースガードセンター(BSGC)、上斎原スペースガードセンター(KSGC)の2施設でデブリの監視が行われている。また、航空自衛隊宇宙作戦隊でもデブリ監視を行う予定である。カタログ登録されたデブリの数だけでも約9,000個に及び、1mm以下の微細デブリまでも含めると数百万とも数千万個とも言われる。 2017年4月18日からドイツ・ダルムシュタットで開催されたスペースデブリに関する会合で、スペースデブリは4半世紀で倍増したと報告された。最高速度28000km/hで地球の軌道を周回しているため、小さなゴミでも有人宇宙船、人工衛星の表面を破壊するほどの衝撃力を持ち、危険である。1993年には、地上のレーダー観測で、地球軌道上に10cm以上のスペースデブリが約8000個確認されている。それが2017年現在では約20000個に増え、1m以上の宇宙ゴミも5000個あるという。約1cmほどのスペースデブリは「飛んでいる弾丸」ともいわれ、75万個に上り、1mm以上のものは1億5000万個あるとする欧州宇宙機関(ESA)の予測モデルもある。こうした、スペースデブリが互いに衝突してさらにゴミが拡散しかねない状況を招いた2つの要因として、中国の老朽化した気象衛星「風雲」を対衛星兵器で破壊した2007年1月の実験と、2009年2月のロシアの軍事衛星「コスモス2251号」とアメリカイリジウム・サテライト社の通信衛星との衝突が考えられるという[6]。 発生の原因微小な人工物体の意図的な散布1963年、冷戦期のアメリカ軍は電離層の働きに依存していた国際無線通信を安定化させるため長さ2cmの銅製の針を高度3,500 - 3,800km、傾斜角87 - 96度の軌道に大量に散布して電波の反射する層を人工的に作り出すウェスト・フォード計画を実施した。当初の目的は達成されたものの、散布された針の数は4億8000万本に及び、国際的な批判を浴びた。2020年1月時点になお軌道を周回し、追跡されている針は42個である[7]。 ブレークアップ人工衛星や多段ロケットの最終段などが軌道上で爆発することを「ブレークアップ(破砕、爆散)」という。1961年から2000年までに163回のブレークアップが起きている。ひとたびブレークアップが起きると、観測可能なものだけでも多い時で数百個から数千個のスペースデブリが発生する。これらは爆発前に周回していた軌道に沿って雲のような塊(デブリ・クラウド)を形成し、時間が経つにつれて徐々に拡散していく。 ブレークアップの原因としては次のようなものが挙げられる。
その他、ブレークアップほど深刻ではないが、微細なデブリが生じるケースとして、衛星の熱制御に使われる冷媒の漏れ、固体ロケットモーターの燃焼時に噴煙内に生じる微細な粒子、塗料が剥離した破片も問題になっており、これらの発生を減らすような対策が検討されている。 対策カタログ登録された直径10cm以上のデブリは軌道が判っているため、ニアミスの恐れがある場合は衛星あるいは宇宙機の方が軌道を修正して回避することが可能であり、また1cm以下のデブリなら有人宇宙機にバンパーを設けることで衝突した時のダメージを軽減できるが、その中間の大きさのデブリへの有効な対処は難しい。 デブリ化の抑制デブリを減らすためには、使用済みのロケットや人工衛星を他の人工衛星と衝突しない軌道(墓場軌道)に乗せるか大気圏突入させる、デブリを何らかの手段で回収するなどの対策が必要である。これらの対策は少しずつ開始されているが、既に軌道上にあるデブリを回収・除去する手段については、後述のように、導電性テザーを利用する方法や、レーザーを利用する方法など、様々な方法が提案・実験されているものの、まだ本格的な実用化には至っていない。基本的なデブリ対策としては、地上におけるゴミ問題と同様に、ゴミを発生させないようにするのが最良策である。 デブリの対策は、当初は各宇宙機関が独自のガイドラインを作って規制していたが、2007年に機関間スペースデブリ調整委員会 IADC(Inter-Agency Space Debris Coordination Committee)が国際的なガイドラインを策定しており、現在はそれに従って対応が行われている。高度約2,000km以下の低周回軌道の衛星の場合は、運用終了から25年以内に大気圏への再突入・落下が行われるよう考慮して運用が行われている。またそれよりも高度が高い衛星(静止衛星など)は、運用に使われる軌道から外して墓場軌道に投入する必要がある。 具体的に取られている措置としては、初期の頃はロケットからの衛星分離時に破片が飛散していたが、日・米・欧州のロケット・衛星では、これらをほとんど飛散しないような設計に変更している。その他、衛星を再突入させるほどの推進剤が残っていない場合でもできるだけ高度を下げて軌道上滞在年数を減らすことで他のデブリとの衝突リスクを下げる試みがERS-2やUARS衛星などで行われている[19]。また衛星を軌道投入した後、ロケットに軌道変更の余力が残っている場合は制御しながら再突入する試みが始まっており、日本ではH-IIBロケット2号機で試験が行われた[20]。 イリジウム衛星とグローバルスター衛星の場合の廃棄運用例
軌道上デブリの除去2015年4月21日には日本の理化学研究所により、理化学研究所、エコール・ポリテクニーク、パリ第7大学、トリノ大学、カリフォルニア大学アーバイン校からなる共同研究グループが高強度レーザーを使用してデブリを除去する技術を考案したことを発表した[23]。 導電性テザーをスペースデブリに取り付け、テザーに発生するローレンツ力を利用してデブリの勢いを殺し大気圏に突入させるというアイデアもJAXA等で研究されている。2016年12月に打ち上げられたこうのとり6号機では実際にテザーシステムが搭載され、本任務である国際宇宙ステーション(ISS)への補給任務完了後に実証実験を行う予定だったが[24]、装置の不具合で実験が行えなかった[25]。 デブリ対策にビジネスとして取り組むことを掲げるベンチャー企業「アストロスケール」が2013年に設立された。CEOは日本人の岡田光信で、現在は日本に拠点を置いている[26]。具体的には、まずデブリの分布を把握するための人工衛星を、続いてデブリを除去する衛星の打ち上げを目指している[27]。2018年9月19日にはサリー・サテライト・テクノロジーによって開発されたスペースデブリを軌道から取り除く世界初の実験衛星であるRemoveDEBRIS(リムーブデブリス)が網による超小型衛星の捕獲に成功した[28]。 人工衛星との衝突人工衛星とスペースデブリが衝突したと断定されたり、疑われた事例はいくつか確認されている。主なものを以下に示す。
微小デブリ宇宙空間に長期間曝露された人工衛星など宇宙物体の表面には、微小物との衝突による多数のクレーターが形成される。原因物体が流星物質であるか人工物体(デブリ)であるかは、クレーターの底に付着した残留物を分析したり、衝突速度と角度をクレーターの形状から推定することで判断できる。 1983年に打ち上げられたスペースシャトル・チャレンジャー(STS-7)では、人工衛星から剥がれた塗料片と推測される微小物体と軌道上で衝突し、窓ガラスに深さ約0.5mmの微小クレーターが形成された。 また、1984年にチャレンジャー(STS-41-C)によって回収されたソーラーマックス衛星の外壁2.5平方メートルの表面には、約3年の宇宙空間への曝露により約1,000個ものクレーターが形成されていた。このうちの約7割が人工的なデブリによるものとされている。 継続的な調査により、時代が下ると共に衝突頻度が加速度的に上昇していることが判明している。微小デブリとの衝突状況が調査された主なものを以下に示す。
また、ミールや国際宇宙ステーションから回収されたものでも分析が行われている。 地上への落下→「再突入したスペースデブリ一覧」も参照 ほとんどの人工衛星クラスの宇宙物体は大気圏再突入時に燃え尽きてしまい地上へは到達しないが、ロケットのエンジン部など重量のあるもの・燃えにくい構造の宇宙物体は燃え尽きずに地球上に落下することがある。 落下地点を安全に制御できる場合は計画的に軌道や高度を変更し、太平洋上で陸地から最も離れた場所であるスペースクラフト・セメタリーとも呼ばれる到達不能極を狙って落下させることが多い。 制御不能落下物制御落下を重要視しなかった時代に打ち上げられた宇宙物体や、大気圏再突入で燃え尽きると推測されていたが実際には燃え残り一部が地上へ落下したものなど、制御されなかった落下物も存在する。以下に主要な落下物を示す。
責任と被害の補償地上に被害が出た場合は、宇宙損害責任条約を批准していれば打ち上げた国が補填するが、被害の程度によっては保証されない場合もある[35]。アメリカではアメリカ航空宇宙局やアメリカ宇宙軍ではなく、政府から資金援助を受ける宇宙関連NPOであるエアロスペース・コーポレーションに連絡することが推奨されている[35]。 2024年3月のフロリダ州に落下した事例では、直接的な落下物はJAXAのロケットにより打ち上げられた物体[34]だったが、被害者は落下物の所有者であるNASAに対して賠償金8万ドル(約1280万円)の支払いを求める訴訟を起こした[36]。 機関間スペースデブリ調整委員会1993年に機関間スペースデブリ調整委員会 IADC(Inter-Agency Space Debris Coordination Committee)が設立され、各国の宇宙機関の間でスペースデブリの対策に対して協議されている。 2007年にIADCは、スペースデブリ軽減のためのガイドライン(Space Debris Mitigation Guidelines)を発行した[37]。現在はこのガイドラインに従ってデブリをこれ以上増やさないような努力が行われている。 参加機関
国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)2019年2月11日から、オーストリアで開かれる国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)で、日本は、米国など10カ国とともにスペースデブリ抑制など宇宙空間の長期利用に向けた取り組みを求める声明を出すことが2月5日判明した。日本が率先して、今後本格化する国際ルールづくりで主導権を確保する狙いがある。声明は、COPUOSの下部組織の科学技術小委員会で12日(現地時間)に発出し、日本の呼び掛けに米国、英国、フランス、ドイツ、カナダ、イタリア、韓国、豪州、ニュージーランドの計9カ国が応じ、同様の声明を出す[38]。 スペースデブリを扱った作品
脚注注釈出典
参考書籍
関連項目
外部リンク
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