ジュディス・アンダーソン
ジュディス・アンダーソン(Judith Anderson、1897年2月10日 - 1992年1月3日)は、オーストラリア・アデレード出身で主にアメリカ合衆国で活動した女優。デイム・ジュディス・アンダーソン (Dame Judth Anderson, AC DBE)と表記されることもある。 アルフレッド・ヒッチコック監督のアカデミー作品賞受賞作『レベッカ』のダンヴァース夫人役(アカデミー助演女優賞ノミネート)で知られる名女優。 舞台で活躍し、特にシェイクスピアの『マクベス』で演じたマクベス夫人は当たり役。また『マクベス』のテレビドラマ化に際して2度マクベス夫人を演じ、どちらもプライムタイム・エミー賞主演女優賞(ミニシリーズ/テレビ映画部門)を受賞している。 略歴1897年にオーストラリア・アデレードで生まれる。本名フランシス・マーガレット・アンダーソン=アンダーソン、父はジェームズ、母はジェシー・マーガレット[1]。 1915年にシドニーの舞台でプロデビュー。当時の芸名はフランシー・アンダーソン。その後、周りのアメリカ人俳優たちの勧めもあり、カリフォルニアに渡るが失敗。1918年にニューヨークに渡り、小劇場の舞台に立った後、1922年にフランシス・アンダーソンの名前でブロードウェイデビュー。その1年後、芸名をジュディス・アンダーソンに変える。以降はブロードウェイで活躍、1930年代には最も偉大な舞台女優の1人としてブロードウェイを代表するスターとなる。 1933年の『濡れた拳銃(コルト)』で映画デビューするが、その後も活動の中心は舞台であり、映画には出演しなかった。 1937年にカリフォルニア大学バークレー校教授ベンジャミン・ハリソン・レーマンと結婚するが1939年に離婚。 1940年に7年ぶりに出演した映画『レベッカ』で第13回アカデミー賞助演女優賞にノミネート。以降は映画にも出演するようになる。 1946年に演劇プロデューサー、ルーサー・グリーンと結婚するが1951年に離婚。 1947年から上演された舞台『メディア』で1948年のトニー賞演劇主演女優賞を受賞。 1950年代以降はテレビドラマにも出演。1954年のテレビ映画『マクベス』でプライムタイム・エミー賞主演女優賞(ミニシリーズ/テレビ映画部門)受賞。 1960年に大英帝国勲章デイム・コマンダー(DBE)を受章。1960年のテレビ映画『マクベス』で2度目となるプライムタイム・エミー賞主演女優賞(ミニシリーズ/テレビ映画部門)を受賞。1991年にオーストラリア勲章コンパニオンを受章。 主な出演作品
脚注
外部リンク |