N-カドヘリンN-カドヘリン(neural cadherin, NCAD)またはカドヘリン2(cadherin-2, CDH2)は、ヒトではCDH2遺伝子にコードされるタンパク質である[5][6]。CD325(cluster of differentiation 325)とも表記される。N-カドヘリンは複数の組織で発現している膜貫通タンパク質であり、細胞間接着を媒介する機能を果たす。心筋においては、N-カドヘリンは介在板に位置するアドヘレンスジャンクションの重要な構成要素である。介在板は、隣接する心筋細胞との機械的・電気的に共役する機能を果たす。N-カドヘリンタンパク質の発現や完全性の変化は、拡張型心筋症などさまざまな疾患で観察される。CDH2遺伝子の変異は症候群性神経発達障害を引き起こすことも特定されている[7]。 構造N-カドヘリンは99.7 kDa、906アミノ酸からなるタンパク質である[8]。N-カドヘリンはカドヘリンスーパーファミリーに属する古典的(classical)カドヘリンであり、細胞外の5つのカドヘリンリピート、膜貫通領域、高度に保存された細胞質テールから構成される。他のカドヘリンと同様、N-カドヘリンは隣接する細胞上のN-カドヘリンと逆平行型の相互作用を行い、細胞間に線形で接着性の「ジッパー」を形成する[9]。 機能N-カドヘリンという名称はその神経組織(neural tissue)における役割に由来し、神経細胞、そして後に心筋やがんの転移においても役割を果たしていることが発見された。N-カドヘリンは膜貫通タンパク質で、ホモフィリック(同種分子親和性)結合を行う糖タンパク質であり、カルシウム依存性細胞接着分子ファミリーに属する。こうしたタンパク質には隣接細胞間のホモフィリック相互作用を媒介する細胞外ドメインが存在し、またC末端にはカテニンとの結合を媒介する細胞質テールが存在する。カテニンはアクチン細胞骨格との相互作用を行う[10][11][12]。 発生における役割N-カドヘリンはカルシウム依存性細胞間接着糖タンパク質として発生に関与しており、原腸形成時に機能する。また左右非対称性の確立にも必要である[13]。 N-カドヘリンは着床後の胚で広く発現しており、中胚葉での高レベルでの発現は成体でも維持される[14]。発生時のN-カドヘリンの変異は原始心臓での細胞接着に最も大きな影響を与え、筋細胞の解離や異常な心臓管の発生が引き起こされる[15]。N-カドヘリンは脊椎動物の心臓発生において、上皮細胞の肉柱への転換や緻密層の形成に関与している[16]。ドミナントネガティブ型N-カドヘリン変異体を発現する筋細胞では筋細胞の分布や心内膜方向への移動に重大な異常が生じ、心筋内での肉柱の形成に欠陥が生じる[17][18]。 心筋における役割心筋においては、N-カドヘリンは介在板構造に位置する。介在板は隣接する心筋細胞間の末端の連結を行い、機械的・電気的共役を促進する構造である。介在板内にはアドヘレンスジャンクション、デスモソーム、ギャップジャンクションの3種類の接着構造が存在する[19]。N-カドヘリンはアドヘレンスジャンクションの必須の構成要素であり、細胞間接着と筋鞘間の力の伝達を可能にしている[20]。カテニンと複合体を形成したN-カドヘリンは、介在板の機能のマスターレギュレーターである[21]。N-カドヘリンはギャップジャンクションの形成に先立って細胞間結合部に出現し[22][23]、正常な筋線維の形成に重要な役割を果たす[24]。細胞外ドメインに大きな欠失を抱える変異型N-カドヘリンの発現は成体の心室心筋細胞の内在性N-カドヘリンの機能を阻害し、隣接する心筋細胞は細胞間接触やギャップジャンクションプラークを喪失する[25]。 心筋におけるN-カドヘリンの機能の重要性は、遺伝子導入を行ったマウスモデルによって明らかにされている。N-カドヘリンやE-カドヘリンの発現が変化したマウスは拡張型心筋症の表現型を示し、おそらくこれは介在板の機能不全が原因である[26]。心臓特異的タモキシフェン誘導性Cre-N-カドヘリン導入遺伝子によって成体の心臓でN-カドヘリンを除去したマウスでは、介在板の組み立ての異常、拡張型心筋症、心機能不全、サルコメアの長さの減少、Z帯の厚さの増加、コネキシン43の減少、そして筋張力の喪失がみられる。導入遺伝子を発現したマウスは、主に心室頻拍のために2か月以内に死に至る[27]。N-カドヘリンノックアウトマウスを用いたさらなる解析によって、不整脈はイオンチャネルのリモデリングとKv1.5の機能の異常を原因とする可能性が高いことが明らかにされている。これらのマウスモデルでは、活動電位の持続期間の伸長、内向き整流カリウムチャネルの密度の低下、Kv1.5、KCNE2、コルタクチンの発現の低下、筋鞘におけるアクチン細胞骨格の破壊がみられる[28]。 神経における役割中枢神経系におけるシナプス前後の接着は、少なくともその一部はN-カドヘリンによって媒介されている。N-カドヘリンはカテニンと相互作用して学習と記憶に重要な役割を果たしている。N-カドヘリンの喪失はヒトの注意欠陥・多動性障害(ADHD)、シナプスの機能不全とも関係している[29]。 がんの転移における役割N-カドヘリンはがん細胞にも広く存在し、経内皮移動の機構となっている。がん細胞が血管の内皮細胞に接着するとSrcキナーゼ経路がアップレギュレーションされ、N-カドヘリンとE-カドヘリンの双方に結合するβ-カテニンのリン酸化が行われる。その結果、2つの隣接する内皮細胞間の連結が解かれ、がん細胞がすり抜けることができるようになる[30]。 臨床的意義CDH2遺伝子の変異は脳梁、軸索、心臓、目、生殖器の欠陥によって特徴づけられる症候群性神経発達障害を引き起こすことが特定されている[7]。 強迫性障害とトゥレット障害の遺伝的基礎に関する研究では、CDH2の変異はそれ単独では疾患を引き起こす可能性は低いことが示されているが、関連する細胞間接着遺伝子群の一部としてリスク因子となる可能性がある[31]。この点について明確にするためには、より大規模なコホート研究が必要である。 ヒトの拡張型心筋症では、N-カドヘリンの発現が亢進しており、配置が乱雑なものとなっていることが示されている。このことは、心疾患におけるN-カドヘリンタンパク質の組織化の異常が心臓リモデリングの構成因子となっている可能性を示唆している[32]。 相互作用N-カドヘリン(CDH2)は次に挙げる因子と相互作用することが示されている。 出典
関連文献
関連項目外部リンク
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