Baroque
BAROQUE(バロック)は、日本のヴィジュアル系ロックバンド。フリーウィル所属。ヴィジュアル系におけるサブジャンルのひとつであるオサレ系(お洒落系)の元祖とされる事が多い。 2001年結成、2004年解散。2011年再結成。2020年無期限活動休止。 メンバー元メンバー
主なサポートメンバー太字は2018年10月時点。 概要
2001年5月に結成され[5]、2001年8月にライブ活動を開始する[6]。ドラムのメンバーチェンジを繰り返し、結果ドラムレスバンドに至る。華やかな外見と退廃的な世界観が主流であった90年代のヴィジュアル系ブームが衰退しつつあった当時において、薄いメイクにラフな衣装、更にミクスチャー・ロック、ポストロック、シューゲイザーなど、特定のジャンルに留まらない様々な音楽性を取り入れた楽曲で人気を博した[7]。 2003年7月24日、シングル「我伐道」でメジャー・デビュー[8]。8月20日[9]、初の日本武道館公演を行う。当時、結成から2年3ヶ月で日本武道館に立つのは史上最速の記録[7][10][11]。9月、突如活動を休止するも12月のライブで活動再開。 2004年4月7日、シングル「ila.」を皮切りにコンスタントに作品のリリースを続けるも、9月11日に万作の脱退による解散を発表[6]。12月25日のZepp Tokyoで行われたラストライブ「baroque last live 無未来-NO FUTURE-」にて解散[6]。 その後、怜と圭はkannivalism、万作と晃はboogiemanとしてそれぞれ活動。
2011年7月17日に横浜赤レンガ倉庫野外特設ステージでフリーライブを行い[11][12]、9月に本格的な活動再開を発表[13][14]。2012年1月4日に同時発売したシングルが、オリコンチャート週間シングルランキング(2012年1月16日付)にてトップ5内に3作同時にランクイン。インディーズアーティストによるシングルランキングでの記録としては史上初であった[10][15]。 2012年6月24日に万作が突如行方不明になったことを公表。翌々日から予定されていた全国ツアー「TOURバロック現象 第3現象 激しいライブハウスツアー」は「TOURバロック現象 第3現象 激しいライブハウスツアー ~ばんさくをさがせ~」に変更し、万作不在のまま敢行[4]。7月30日に代理人を名乗る人物から体調不良による契約解除の申し出の書面が届く。再メジャー・デビューを控えた状況での突然の一方的な申し出のため、メンバー側は復帰に向けた手がかりを模索していたが、後に正式に脱退。メンバーは原因を「プライベートでの女性関係」としている[3]。2012年末、アルバム「ノンフィクション」製作中に晃がバンドを離脱、その後正式に脱退(のちに和解[16][17])。その後は怜と圭の2人にサポートメンバーを加えた体制での活動を行っており、圭は「今後正式メンバーを入れたりする事は無い」と明言している[18]。
2014年2月の全国ツアー「SYMMETRIA」より、バンド名の表記が大文字の「BAROQUE」となる[19]。 2015年5月27日、2人体制での初のアルバム「PLANETARY SECRET」をリリース。 2016年10月26日、初の外部からのプロデューサーとしてL'Arc〜en〜Cielのkenを迎えたシングル「G I R L」をリリース[20][21]。 2018年7月24日、シングル「AN ETERNITY」「FLOWER OF ROMANCE」を2枚同時リリース。同年12月25日、シングル「YOU」をリリース。c/wには、アルバム「ノンフィクション」収録の「何千何万何億の君への想い」を新たにレコーディングしなおした「何千何万何億の君への想い 2018」が収録されている。 2019年4月30日、2人体制となって初のホールワンマン「VISION OF // PEP」を日本橋三井ホールにて開催[22]。本公演はリリース予定のアルバム「PUER ET PUELLA」(ピュエル エ ピュエラ:ラテン語で"少年少女"の意)のお披露目公演でもあった。7月13日、アルバムの視聴会とトークイベントを開催[23]。7月24日の名古屋E.L.L.を皮切りに、全国21カ所にわたるツアー「THE BIRTH OF LIBERTY」を決行。7月30日、先行シングル4曲を含む4年2ヶ月ぶりの4thアルバム「PUER ET PUELLA」をリリース。精力的にライブ活動を行う一方、11月1日に突如カウントダウンが始まり、2日0時、翌2020年1月にニューアルバム「SIN DIVISION」のリリースを発表[24]。前作リリースから4ヶ月というショートスパンでの告知、またツアー中の出来事ということもありファン・関係者を大いに沸かせた。 2020年1月10日、「THE BIRTH OF LIBERTY」ツアーファイナルをハーモニーホール座間で開催[25]。ギター圭にとっては凱旋公演となった。1月28日、アルバム「SIN DIVISION」をリリース。これにより、圭曰く「2人体制になったときに作りたいと思った3枚のアルバム」が完成することとなる。しばしば「PLANETARY SECRET(PS)」は黒い本、「PUER ET PUELLA(PEP)」は白い本、「SIN DIVISION(SD)」は赤い本と形容される[26]。年2月より「SIN DIVISION」を引っさげてツアー開催予定であったが、5月末現在、新型コロナウイルス感染症拡大防止に伴う自粛により公演の延期を余儀なくされている[27]。4月3日「STAY」[28]をYouTubeにて公開。デモ音源を用いて緊急公開した映像は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、怜(Vo)と圭(G)が自宅から外に出ることなく、インターネット上での遠隔コミュニケーションを重ねて生み出したもの。全編英詞の歌詞は2人の共作。MVはファン参加型を試み、Twitter、LINEのオープンチャット機能を活用し、「自分の大切なもの、守りたいもの、好きなもの」などの画像やコメントを募った上で、編集したものが新たに公開された[29]。9月8日、同月をもって怜の音楽活動引退と、BAROQUEの無期限活動休止を発表[30]。発表に際し、怜は公式サイトにて心境と経緯について綴ったコメントを発表、圭はツイキャス、ソロライブMC[31]の場にて口頭で説明している。 その他アルバム「PLANETARY SECRET」リリースの際には、アルバムのモチーフとなった星にちなんでプラネタリウムでの先行試聴会を開催[32]。その後、スマートフォンでの撮影およびSNS等での共有を許可したライブ[33][34]、ライブペインティングによる演出[35]、客席中央に円形ステージを設置した360度ライブ[36]、フラワーアーティストによるステージ演出[37]など、近年は実験的なスタイルの公演も積極的に行っている。 バンド名の表記について在籍メンバーや音楽性の変化に併せてバンド名の表記を変えることがある(読みは全て「バロック」で共通) 2001年の結成からシングル「スケベボウイ」までは、片仮名の「バロック」(バが左右反転したロゴを使用。「ツヽロック」とも)表記を使用。バンドの方向性の変化にともない2002年末頃から英語小文字の「baroque」表記が増え[38]、以後はこの表記が主流となる。なお2004年のシングル「Nutty a hermit.」から第一期の解散までは「brq」も使用されていた。 2011年以降の復活と再結成においては「baroque」および「バロック」の二種類を併用していたが、晃と万作の脱退、怜と圭の2人体制スタートにともない、2014年のツアー「SYMMETRIA」以降は「BAROQUE」と大文字に改めている[19]。なお、現在のBAROQUEのロゴについては再出発の決意とし改めてデザインされた。怜、圭、2人の同じ星座の獅子座のマークがモチーフになっている[39]。 ディスコグラフィデモテープ
ソノシート
シングル
アルバムミニ・アルバム
フル・アルバム
ベスト・アルバム
映像作品VHS
Blu-Ray/DVD
ミュージック・ビデオ
主なライブ・ツアー2001~2004年
2011~2013年
2014~現在
主な出演イベント
脚注出典
外部リンク
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