1948年民主党全国大会
1948年民主党全国大会(1948 Democratic National Convention)は、7月12日から7月14日までペンシルベニア州フィラデルフィアのコンベンションホールで開催され、1948年の大統領選の大統領候補として現職のハリー・S・トルーマンを、副大統領候補として上院議員アルバン・W・バークリー(ケンタッキー州)を指名した。 ハンフリーの公民権演説とその結果大会で演説したミネアポリス市長ヒューバート・ハンフリーは、民主党は「州権という影から抜け出し、人権という輝ける陽光に向かって直進する」べきだと主張し、南部代表ら(後にストロム・サーモンドを州権民主党(ディクシークラッツ)の大統領候補に指名した)の退出を招いた。これは、ハンフリーにとって進撃の始まりであった。彼は、同年末に上院議員に当選し、1964年の大統領選の際には副大統領候補に選出された。 投票サーモンドと共に大会から退出した36人の南部代表が欠席する中、民主党員947人は(上院議員リチャード・ラッセル・ジュニア(ジョージア州)の 263票に対し)トルーマンを党公認候補に指名することを票決した。 大統領候補副大統領候補上院議員アルバン・W・バークリー(ケンタッキー州)が、発声投票(=拍手と喝采)によって候補者に指名された。 外部リンク
関連項目
|