鯉ノ勢 寅雄(こいのせ とらお、1930年1月21日 - 没年不明)は、愛媛県越智郡乃万村(現・同県今治市)出身で朝日山部屋に所属した大相撲力士。本名は小沢 寅雄(おざわ とらお)。最高位は東前頭12枚目(1958年1月場所)。得意手は左四つ、押し、寄りなど。現役時代の体格は170cm、105kg。
来歴・人物
19歳の時、元関脇・二瀬川が率いる朝日山部屋に入門し、1950年1月場所で初土俵を踏んだ。
同場所では番付外と新序で共に好成績を残したため、翌場所では序ノ口を飛び越して、序二段に付け出された。
当初より「鯉ノ勢」の四股名を名乗り、一時「鯉ノ瀬」に改名するも、1場所で「鯉ノ勢」に戻している。
出世は早く、番付に付いてから4年半弱の1954年9月場所で十両に昇進。その後、1957年5月場所で新入幕を果たし、翌年9月場所まで8場所連続幕内の座を維持した。
体格には恵まれていなかったものの、猛稽古でそれを補うなど努力家の面があった。
1959年9月場所を最後に幕内から遠ざかり、1961年1月場所では関取の地位も失った。同年3月場所後、31歳で廃業(なお、廃業時の四股名は「鯉の勢」である)。
以降は故郷・今治市で、タオル工場を経営した。
主な戦績
- 現役在位:49場所
- 通算成績:340勝314敗23休 勝率.520
- 幕内在位:10場所
- 幕内成績:67勝83敗 勝率.447
場所別成績
鯉ノ勢 寅雄
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一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
1950年 (昭和25年) |
東新序 3–0 |
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東序二段14枚目 10–5 |
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東三段目31枚目 5–10 |
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1951年 (昭和26年) |
西三段目33枚目 10–5 |
x |
西三段目15枚目 8–7 |
x |
東三段目14枚目 10–5 |
x |
1952年 (昭和27年) |
西幕下33枚目 9–5–1 |
x |
東幕下25枚目 5–10 |
x |
東幕下30枚目 8–7 |
x |
1953年 (昭和28年) |
東幕下27枚目 10–5 |
西幕下14枚目 4–4 |
東幕下16枚目 2–6 |
x |
東幕下23枚目 5–4 |
x |
1954年 (昭和29年) |
西幕下16枚目 6–2 |
東幕下4枚目 4–4 |
東幕下3枚目 5–3 |
x |
東十両22枚目 8–7 |
x |
1955年 (昭和30年) |
西十両15枚目 7–8 |
西十両17枚目 6–9 |
西十両19枚目 9–6 |
x |
西十両13枚目 7–8 |
x |
1956年 (昭和31年) |
東十両15枚目 9–6 |
東十両12枚目 6–9 |
西十両16枚目 10–5 |
x |
西十両11枚目 10–5 |
x |
1957年 (昭和32年) |
東十両6枚目 10–5 |
東十両筆頭 10–5 |
東前頭18枚目 6–9 |
x |
東前頭23枚目 8–7 |
西前頭17枚目 9–6 |
1958年 (昭和33年) |
東前頭12枚目 5–10 |
東前頭20枚目 9–6 |
西前頭14枚目 7–8 |
東前頭16枚目 5–10 |
西前頭22枚目 6–9 |
東十両2枚目 7–8 |
1959年 (昭和34年) |
東十両3枚目 8–7 |
東十両2枚目 10–5 |
東前頭20枚目 6–9 |
東十両2枚目 10–5 |
西前頭18枚目 6–9 |
西十両4枚目 7–8 |
1960年 (昭和35年) |
東十両6枚目 5–10 |
西十両11枚目 7–8 |
東十両12枚目 8–7 |
東十両12枚目 10–5 |
西十両6枚目 6–9 |
東十両10枚目 休場 0–0–15 |
1961年 (昭和36年) |
西幕下2枚目 2–5 |
西幕下9枚目 引退 0–0–7 |
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各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
幕内対戦成績
※カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝の数。
改名歴
- 鯉ノ勢(こいのせ、1950年5月場所・1951年1月場所-1958年7月場所)
- 鯉ノ瀬(同上、1950年9月場所)
- 鯉の勢(同上、1958年9月場所-1961年3月場所)
関連項目
参考文献