高山城 (安芸国)
高山城(たかやまじょう)は、広島県三原市本郷町にあった日本の城。城跡は国の史跡に指定されている。 概要土肥実平は、源頼朝の元で平家討伐に功績を挙げ、吉備三国(備前・備中・備後)の惣追捕使(守護)に任ぜられた。 実平の子遠平は、土肥郷の地名である小早川氏を称したが、承久の乱で戦功を挙げて安芸国沼田荘を与えられた。 高山城は小早川氏の居城として建永元年(1206年)、遠平の孫・小早川茂平により築かれた。その後、小早川氏は沼田小早川氏と竹原小早川氏に分かれたが、高山城は沼田小早川氏(本家)の居城であった。 天文10年(1541年)、竹原小早川家の当主小早川興景が継嗣なく早世したため、毛利元就の三男徳寿丸(小早川隆景)を養子に迎えた。隆景は天文13年(1544年)同家の当主となる。一方、沼田小早川家の当主小早川繁平は若年のうえ病弱であったので(失明していたとされる)、隠居に追い込まれ、天文19年(1550年)隆景が沼田小早川家をも継ぐこととなり、両家は統合された。 隆景は天文21年(1552年)、対岸の新高山城に居城を移したため廃城となった。 関連項目外部リンク |