洮昌道
洮昌道(とうしょう-どう)は中華民国北京政府により設置された遼寧省の道。 沿革1913年(民国2年)9月、北路道として成立、観察使は遼源県に置かれ、下部に遼源、昌図、奉化、懐徳、康平、洮南、開通、靖安、安広、醴泉、鎮東の11県を管轄した。同年9月に法庫県が移管、1914年(民国3年)6月に洮昌道と改称され、観察使も道尹と改められ洮南県に移管され、管轄県は遼源、洮南、昌図、康平、開通、洮安、梨樹、安広、懐徳、突泉、鎮東、法庫の12県とされた。同年8月に双山県、翌1915年(民国4年)5月には瞻楡県、突泉設治局、1918年(民国7年)6月には通遼県が移管された。1929年(民国18年)に廃止されている。 行政区画廃止直前の下部行政区画は下記の通り。(50音順)
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