山名 時治(やまな ときはる)は、南北朝時代の人物。
正平2年/貞和3年(1348年)または正平3年/貞和4年(1349年)、山名時氏の七男として誕生。
元中8年/明徳2年(1391年)、兄氏清と満幸が幕府の挑発に乗って挙兵、氏清は討ち死、満幸は没落した(明徳の乱)。
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