坂井田俊
坂井田 俊(さかいだ しゅん、1984年[2]3月10日[1] - )は、日本の映画監督。神奈川県海老名市出身[3]。 来歴・人物高校生時代、同級生がJR根岸線の電車内で40代男性をハンマーで殴打する殺人未遂事件を起こす。同時期には西鉄バスジャック事件が起きたり、カッターナイフやバタフライナイフを使用した事件が多発し、これらに坂井田は「共振」を感じた。北野武監督の映画『その男、凶暴につき』を鑑賞し、その「共振」を表現する手法として、実際に事件を起こすのではなく、現実の代用として映画で表現することを考え始める[3]。 高校卒業後はバンタン映画映像学院(現:バンタンデザイン研究所映像デザイン学部)に進み、3年間映像制作を学ぶ[3]。卒業制作として高校生時代に感じた「共振」を表現した、通り魔殺人を犯した少年と殺人願望を持つ少年を描いた短編『壊したいおもちゃ』を制作し、第9回CHOFU SHORT FILM COMPETITION奨励賞[4]、シネアスト・オーガニゼーション・大阪(CO2)オープン・コンペ部門入選を果たす。その後も同様に犯罪映画の短編『太陽は知らない』や『怪物はここにいる』を制作。しかし、うってかわってこの2本はどこの映画祭にも通らなかった。調布映画祭(CHOFU SHORT FILM COMPETITION)で審査員を務めた女池充に連絡を取り、女池の助言を受けながら短編『悪魔がきた』を制作。2011年1月より坂井田の特集上映としてこれら4本の短編が下北沢トリウッドにて3週間上映された[5]。 特集上映を見に来ていた川瀬陽太と知り合い、2011年、川瀬を主演に置いた長編映画『僕は人を殺しました』を制作[3]。同作が初の長編映画であり、プロの俳優を起用したのも初めてであった。翌年、下北沢トリウッドにて上映が行われた[6]。 これ以降、リバプールのホラー物のオリジナルビデオ作品の構成・演出やMVのディレクションは務めているが、映画作品の制作は行っていない。 作風として、セリフなどをあまり用いず、ただただ人を殺すさまを描く犯罪映画を得意とする。 作品映画
短編映画
オリジナルビデオ
MV
参加作品映画
短編映画オリジナルビデオ
脚注
外部リンク
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