上野昻志上野 昻志(うえの こうし、1941年2月22日 - )は、日本の文芸・映画・時事評論家。コラムニスト。 略歴東京出身[1]。父は美術家で神戸大学教授を務めた上野省策。東京都立大学で竹内好に師事し、魯迅を専攻[2]。1966年、東京都立大学大学院在籍中、『ガロ』連載の社会時評的コラム「目安箱」で評論家デビュー[2]。このコラムは反既成政党、反近代、学生運動擁護色が強い。 1969年、季刊誌「シネマ69」にやくざ映画論(「閉ざされた型」「矛盾に向けた求心力」)を発表。1970年以降同誌や「映画芸術」誌上で加藤泰論中心に映画評論を展開。同時に森進一、魯迅、林静一などを論じる。 1971年、東京都立大学人文科学研究科博士課程単位取得退学。同年、書き下ろしの赤瀬川原平論「曖昧な露骨」を含む初の評論集『沈黙の弾機』を刊行。『新日本文学』誌上でも花田清輝論などを執筆した。1973年、吉田喜重監督の『戒厳令』の製作に関与 (共同プロデューサーの一人) 。2008年から日本ジャーナリスト専門学校校長(2010年3月閉校)。 その評論活動は多岐に亘り、今となっては功績を特定することが難しいが、『映画=反英雄達の夢』や『映画全文』など映画論に特筆すべき、後世に残るものがある。なおその反近代思想はデビュー作「共有と私有 小繋の入会権訴訟について」(「ガロ」66年4月号)に印象的に現れているが、『沈黙の弾機』には未収録。 著作
編著ほか
脚注
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