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一橋大学アウティング事件

一橋大学アウティング事件(ひとつばしだいがくアウティングじけん)[1]とは、2015年4月に一橋大学法科大学院においてゲイの学生から同性愛の恋愛感情を告白された異性愛の男性が、その後の共通の友人関係や告白後のゲイの学生の言動に悩んだ後に、友人ら7人にグループメッセージでその学生が同性愛者であることを暴露したこと(アウティング)をきっかけとして、ゲイの男性が心身に変調をきたし転落死したとされる事件[2]

2016年に死亡した学生の遺族が、告白を受けた男子学生と両者の所属する一橋大学の責任を追及して損害賠償を求める民事訴訟を起こしたことから、広く報道されるようになった。同性愛者に告白された異性愛者側の最善の方法・対応を含む、日本におけるLGBT問題を語る上で、その転機の一つとなったことで知られる[3]

院生転落死訴訟[4]」、「一橋大学ロースクールでのアウティング転落事件[5]」などとして言及されることもある。

概要

2015年4月に一橋大学法科大学院の男子学生Aが、同級の男子学生Bに対しLINEを介して「好きだ。付き合いたい」などとメッセージを送って恋愛感情を告白したところ、Bは「付き合うことはできないが、これからも良い友達でいたい」などと応答した[1][6]

交際を断った後の男子学生Aの連絡や言動を「普通の友人以上」と考えたBは差し障りない拒否を続けたが、次第にAを避けるために二人の事情を知らない他の同級の友人とも距離を置くようになり、精神的に不安定になり夜眠れなくなっていった[2]

LINEでの暴露

Bは同級生である友人たちが見ているLINEグループに、「お前がゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめん(Aの実名)」と投稿し[5][7]、Aが同性愛者であることを第三者に暴露した[4]。このLINEには同級生10名ほどが参加していたとされ[5][7]、結果的に既に知っていた3人を除く、7人に対してAが同性愛者であることが暴露されたともいわれている[4]

なお、訴訟の原告代理人弁護士である南和行は、BがLINEでのアウティング以前にも、3人の同級生にAが同性愛者であることを暴露していた、とも述べている[5]。これには、告白のラインメッセージを受け取ったBが、返事の前に共通の友人である同級生女性に他言しないことを約束した上で、「Aから告白された」と伝え、「告白が事実なら、友人としては好きだというような返事をするしかない」とアドバイスを受けた際のやり取り、告白以前からAの言動を背景にAを「ゲイ」とからかっていた同級生男性に「Aに告白された」と伝えた2件は判明している。Bは告白への返事の翌日にこの同級生男性にAに告白されたことを伝えた理由について、Aは本当にゲイであるので、ゲイとからかうことを止めさせるためだったと主張している[8]

パニック発作による転落事故死

その後、Aは授業でBと同席すると吐き気動悸が生じるといったパニック障害の発作を起こすなど[5]、心身に変調をきたすようになった[4]。7月以降、Aは心療内科を受診し、不安神経症と診断される[5]。この間Aは法科大学院の教授や、大学のハラスメント相談室に相談をしており[6][5]、大学はAの状態を把握していたが、クラス替えなど特段の対策は取らなかった[7]

8月24日に行われていた必修の「模擬裁判」の授業中、Aはパニック発作を起こし[5]、大学の保健センターで投薬などの処置を受けたものの[5]、午後3時頃、大学構内のマーキュリータワー6階ベランダから転落して死亡した[5][8][9][10]

影響

上記の裁判が行われる中、2018年4月には、一橋大学が所在する国立市が、全国で初めて「アウティング禁止」を盛り込んだ条例を施行した[11][12]

裁判

Aの両親はBと大学の責任を追及して300万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こし、2016年8月5日に東京地裁で第1回の口頭弁論が開かれた[7]8月20日に一橋大学の校門前で大学関係者や性的少数者らによる追悼集会が開催された[13]

Bとの裁判

Bの主張

裁判の中でBは、交際を断ったにもかかわらず、Aが「普通の友人以上」に連絡などをしてくることが「全く理解できず、大変困惑し、精神的に不安定になり夜眠れなくなっていった」「自身がAを避けるために自身が告白されたことを知らない友人たちと距離を置くことになった」として精神的に追い詰められてこれを回避するには暴露しか手段がなかった、大学は対応は適切だったと主張し、公開の民事裁判の場に告白を受けた前後からグループLINEでの暴露に至るまでの経緯の答弁書を提出している[1][8]

答弁書による告白前後からグループLINEでの暴露までの経緯[8]
  • 2015年3月下旬、BはAがLINEで旅行先や桜の写真を送ってくる事を不可解に思っていた。またAから「おれの事が嫌いになった?」などのLINEメッセージを送られ混乱した。
  • 4月2日、Bが大学の研究室で勉強していた所にAがやってきて「おれの事で何か悪い点があったとしても、色々言われるのはつらいから何も言わないで欲しい」と泣き出した。Bは「わかった」と答えて立ち去った。この事から、BはAとできるだけ接点を持たないようにしようと思っていた。
  • 4月3日に告白のLINEを受ける
  • Bは告白を「おう。マジか。正直言うと、びっくりしたわ。Aのことはいい奴だと思うけど、そういう対象としては見れない。付き合うことはできないけど、これからもよき友達でいて欲しい。これがおれの返事だわ」と断り、「よき友人でいて」とAに伝えた[8]。その後のAは、Bにとっては「普通の友人以上」に連絡、食事や遊びに行こうと連絡してきた。(授業に来なかったら起こしてくれとモーニングコールを頼んでくる、評判がいいという12個の法律事務所のリストを送ってくる、口頭やLINEで食事に誘う、他の友人と一緒にハイキングに行こうと誘う、別の友人と食事に行く話をしていたら誘ってもいないのについてくる、他の友人と講演会参加の話をしていたら自分も行くと言い出す、等。[8]
  • BはAを傷付けないように当たり障りのない返事でAの誘いを断るようにしていた。それでも授業のプレゼン準備中に、親しげに話しかけ腕や肩に触れてくる、「今日香水強いかな」と言ってくるなどのAの行為は、Bにとっては問題だった。5月下旬には学校のラウンジで話しかけられ、「うん」「そう」など当たり障りない返事をしていたらAは頭を抱えて「うあー」と声を出した。そして、Bの腕のあたりに触れてきたので、Aに「触るな」と告げた。
  • 結局BはAを避けるために他の友人とも距離を置くことになり、その理由を友人達に話すこともできない状況になる。6月24日、AB二人を含む9人のクラスメイトLINEグループへの「隠しておくのはムリだ」というBの投稿に至る。

2018年6月に、同年1月15日付で遺族とBの間で和解が成立したことが公にされた[14]。具体的な内容は、口外禁止条項により明らかにされていない[14]。また、一橋大学との裁判は継続となっている[14]

一橋大学との裁判

遺族側は、Aがアウティングの被害を申請した後、大学側がクラス替えなど適切な対応を取らなかったと主張し、結審時点で約8600万円の賠償を請求していた。一方、大学側はAの転落死は突発的なものであり予見できず、対応に落ち度はなかったと主張した[15]

裁判は2018年10月31日に結審した[16]2019年2月27日、東京地裁(鈴木正紀[17]裁判長)は遺族側の訴えを棄却した[15]。判決は、Aの転落死は予見できず、大学側の対応が安全配慮義務に違反するものとは言えないとの見解を示した[18]。一方、遺族側の弁護士は、アウティングという行為自体の重大性について判決が触れなかったことに遺憾の意を表し[19]、控訴した[18]

2020年11月25日、東京高裁(村上正敏[20]裁判長)は、一審の東京地裁に続き遺族側の請求を棄却した。しかしながら判決理由では、アウティングについて「人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであり、許されない行為であることは明らか」と言及し、アウティングの違法性に言及した日本初の判決と見られる[21]

脚注

  1. ^ a b c 一橋大アウティング裁判で経過報告…遺族「誰か一人でも寄り添ってくれていたら」”. 弁護士ドットコム (2017年4月19日). 2017年4月22日閲覧。
  2. ^ a b Watanabe, Kazuki. “一橋大ロースクール生「ゲイだ」とバラされ転落死 なぜ同級生は暴露したのか”. BuzzFeed. 2020年11月25日閲覧。 “【Zくんは裁判で、次のように主張している。交際を断ったにもかかわらず、Aくんが「普通の友人以上」に連絡などをしてくることが「全く理解できず、大変困惑し、精神的に不安定になり夜眠れなくなっていった」。】【Aくんから連絡が来るたび、「都合が悪い」「昼は買った」「ありがとう」などと、差し障りのない返事をしていた。「連絡しないで」とハッキリ伝えたら、Aくんを傷つけることになると考えていたから。しかし、交際を断られたのに、それ以前と同じように食事に誘ったり、遊びに行こうと連絡してくるAくんが「全く理解できなかった」。授業のプレゼン準備中、親しげに話しかけてきたり、腕や肩に触れてきたことも、Zくんは問題視している。】【結局Zくんは、Aくんを避けるために、友人たちと距離を置くことになった。その理由を友人たちに話せず、孤独感に苛まれていったのだという。】”
  3. ^ Watanabe, Kazuki. “一橋大ロースクール生「ゲイだ」とバラされ転落死 なぜ同級生は暴露したのか”. BuzzFeed. 2020年11月26日閲覧。 “相手が同性愛者でも、過剰な「配慮」はいらないし、ZくんがAくんの恋を受け入れる必要はない。だが、Zくんはこんな主張をしている。一時期、「実は自分は同性愛者に対し偏見があるからA氏を避けているのではないか、とも考え、A氏を避けている自分に問題があるのではないか、と思って苦しんだこともあった」。つまり、同性愛者への差別はダメと考えつつも、いざ同性愛者から恋愛感情を向けられると、相手を避けてしまった。そういう自分に苦しんでいたという主張だ。結局Zくんは、Aくんを避けるために、友人たちと距離を置くことになった。その理由を友人たちに話せず、孤独感に苛まれていったのだという”
  4. ^ a b c d 田中ゑれ奈 (2016年9月4日). “(いま聞きたい)性的少数者「アウティング」どう対応”. 朝日新聞・朝刊・石川全県: p. 25  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧。記事名を一部省略している。
  5. ^ a b c d e f g h i j 一橋大学ロースクールでのアウティング転落事件〜原告代理人弁護士に聞く、問題の全容”. Litebee (2016年8月8日). 2017年4月22日閲覧。
  6. ^ a b 産経新聞 (2017年4月21日). “「同性愛者」とばらす「アウティング」は違法行為か 一橋大生自殺訴訟 (1/3)”. 2018年6月26日閲覧。
  7. ^ a b c d “提訴:同性愛暴露され「転落死」と 男子学生の両親”. 毎日新聞・東京朝刊: p. 31. (2016年8月6日)  - 毎索にて閲覧
  8. ^ a b c d e f 一橋大ロースクール生「ゲイだ」とバラされ転落死 なぜ同級生は暴露したのかBuzzFeed News 2016年9月3日
  9. ^ 一橋大学アウティング事件”. KSU.JP (2017年9月30日). 2020年11月28日閲覧。 “一部の報道やWebには、苦悩の末の「自殺」との記述が見受けられますが、初出の記事ではパニック発作による「転落死」つまり事故死との評価がなされております。自殺か事故死かの違いは、本人の名誉に関わることですので、本件の記事を書く皆さんにとり、事実関係の正確なトレースをお願いいたしたく願う所存です。また、ご遺族も自殺ではないと考えておられるようです。”
  10. ^ 一橋大・ゲイとばらされ亡くなった学生 遺族が語った「後悔」と「疑問」”. BuzzFeedNews (2016年8月13日). 2020年11月28日閲覧。
  11. ^ 国立市が性的指向の暴露「アウティング」禁止条例、カミングアウトできない人も守る”. 弁護士ドットコム (2018年3月30日). 2019年3月12日閲覧。
  12. ^ 渡辺一樹 (2018年6月25日). “ゲイだとバラされ転落死「一橋大アウティング事件」の裁判で、同級生と遺族が和解”. 2018年7月2日閲覧。
  13. ^ 吉野太一郎 (2016年8月21日). “同性愛を暴露されて転落死した一橋大院生の追悼集会「本当のことが知りたい」それぞれの思い”. ハフィントン・ポスト. 2017年4月22日閲覧。
  14. ^ a b c 渡辺一樹 (2018年6月25日). “ゲイだとバラされ転落死「一橋大アウティング事件」の裁判で、同級生と遺族が和解”. 2018年7月2日閲覧。
  15. ^ a b 北沢拓也 (2019年2月27日). “アウティング被害後に転落死 一橋大の賠償責任認めず”. 朝日新聞社. 2019年3月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月12日閲覧。
  16. ^ ゲイ暴露「一橋大アウティング事件」の弁論終結、判決は来年2月”. 弁護士ドットコム (2018年10月31日). 2019年3月12日閲覧。
  17. ^ 鈴木正紀|裁判官|新日本法規WEBサイト” (2021年10月19日09:07:11). 2023年3月4日閲覧。
  18. ^ a b 「アウティングを肯定されたような気持ち 」一橋大生転落死、大学を訴えた遺族敗訴”. 弁護士ドットコム. 2019年3月14日閲覧。
  19. ^ 大学側の責任認めず 一橋大同性愛暴露訴訟 東京地裁、遺族の請求を棄却”. 東京新聞 (2019年2月27日). 2019年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月12日閲覧。
  20. ^ 村上正敏|裁判官|新日本法規WEBサイト” (2022年6月27日14:11:12). 2023年3月4日閲覧。
  21. ^ 一橋大生の同性愛暴露訴訟 裁判長「アウティングは許されない行為」 遺族の請求は棄却 東京高裁:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web. 2020年11月25日閲覧。

関連項目

外部リンク

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