トーマス・ハッチ
ジョン・トーマス・ハッチ(John Thomas Hatch、1994年9月29日 - )は、アメリカ合衆国オクラホマ州タルサ出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。 経歴プロ入りとカブス傘下時代2016年のMLBドラフト3巡目(全体104位)でシカゴ・カブスから指名され、プロ入り。この年はマイナーリーグの試合に登板しなかった。 2017年、傘下のA+級マートルビーチ・ペリカンズでプロデビュー。26試合に先発登板して5勝11敗、防御率4.04、126奪三振を記録した[1]。 2018年はAA級テネシー・スモーキーズでプレーし、26試合に先発登板して8勝6敗、防御率3.82、117奪三振を記録した[1]。 2019年もAA級テネシーでプレーした。 ブルージェイズ時代2019年7月30日にデビッド・フェルプスとのトレードで、トロント・ブルージェイズへ移籍した[2]。移籍後はAA級ニューハンプシャー・フィッシャーキャッツでプレー。移籍前を含めた2球団合計で27試合に先発登板して6勝13敗、防御率4.12、127奪三振を記録を記録した。オフの11月20日にAAA級を経ずに40人枠に登録された[3]。 2020年7月26日のタンパベイ・レイズ戦でメジャーデビュー。先発登板し、2回1/3を無安打無失点に抑えた。8月21日のレイズ戦では9回裏にリリーフ登板し1回無失点に抑えると、チームは延長タイブレークを制したため、MLB初勝利を収めた[4]。 2021年は4月22日に右肘の炎症のため60日間の負傷者リストに入った。7月6日に負傷者リストから復帰し、7月26日のボストン・レッドソックス戦でシーズン初登板初先発[5]。この年はシーズン3試合の登板にとどまった。 2022年はAAA級バッファロー・バイソンズで28試合に登板(うち先発22試合)し、8勝7敗、防御率4.67、113奪三振を記録した。しかしメジャーではシーズン初登板初先発となった7月2日のタンパベイ・レイズ戦で4回2/3を投げて12安打2四球で10失点という滅多打ちに遭い、翌日にマイナー降格となりシーズン終了まで再昇格はなかった[6]。 2023年は6試合に登板して防御率4.26を記録していたが、8月4日にDFAとなった[7]。 パイレーツ時代2023年8月6日にウェイバー公示を経てピッツバーグ・パイレーツに移籍した[8]。 広島時代2023年12月4日、広島東洋カープと契約したことが発表された[9]。契約金45万ドル(約6600万円)、年俸85万ドル(約1億2500万円)+出来高払いで、背番号は42[10]。 2024年は4月6日の対中日ドラゴンズ戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で来日初登板初先発[11][12]。初回を三者凡退に抑えるも、ピンチを背負う投球が続き、3回に中田翔に1死一、三塁から犠飛を打たれ先制され、5回には2死一塁から細川成也に甘く入ったツーシームを打たれ2点本塁打を浴び[12]、その裏に代打を出され降板[11]。来日初登板初先発は黒星となった[12]。4月14日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)では6回2失点の好投を見せるも援護に恵まれず2敗目を喫する[13]。4月25日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)は2回6安打6失点で降板し、勝ち負けつかずに終わった[14]。5月23日の対阪神タイガース戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)では5回5安打7奪三振1失点の好投を見せ、本人も「全体的にはよく投げられた」と話したが、援護には恵まれず3敗目を喫した[15]。7月26日シーズン後半初戦の対ヤクルト戦(神宮)に先発し9点の大量援護を貰うも、村上宗隆に2打席連続本塁打を喫するなど安定せず、未勝利のまま二軍降格[16]。 8月10日の二軍ソフトバンク戦(由宇)では、塁審の判定に対する暴言行為で退場処分、同月12日にNPBより厳重注意と制裁金5万円を科せられた[17]。9月11日に由宇で行われたくふうハヤテ戦においても、塁審の判定に対する暴言行為で退場処分を受け、厳重注意と制裁金10万円を科された[18]。11月8日に球団から退団が発表され[19]、同月13日付で自由契約選手として公示された[20]。 広島退団後2024年11月19日、韓国プロ野球の斗山ベアーズと契約した[21]。しかし、メディカルテストで斗山の定めた基準を満たさなかったため、12月19日に双方合意の上で契約解除となった[22]。 投球スタイル最速97.8mph[注 1](約157.4km/h)の速球にチェンジアップとカッターを投げる。 詳細情報年度別投手成績
年度別守備成績
記録NPB
背番号
脚注注釈
出典
関連項目外部リンク
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