セルゲイ・グリゴリエヴィチ・クリャシュトルヌィ
セルゲイ・グリゴリエヴィチ・クリャシュトルヌィ(ロシア語: Сергей Григорьевич Кляшторный、英語: Sergey Grigor'evich Klyashtornii、1928年2月4日 - 2014年9月21日)は、ロシアの歴史家、考古学者。ベルンシュタムの弟子としてパミール、フェルガナ、天山地方、セミレチエ、トルクメニスタンの発掘調査に加わる傍ら、とくに古代テュルク語碑文を主要資料として突厥~古代キルギス史、さらに広くは中央アジア史の研究に従事した。 経歴1928年、ソ連邦白ロシア・ソビエト社会主義共和国(現・ベラルーシ共和国)のホメリ生まれ。モンゴル系。 1945年- 1950年、レニングラード国立大学の東部部門のテュルク学と中東の歴史学科で学ぶ。 1963年、ソ連科学アカデミー・アジア諸民族研究所レニングラード支所で、その「テュルク・モンゴル研究室」の室長として、同支所のテュルク・モンゴル学、とくにテュルク学研究を組織・指導するとともに、1969年からはレニングラード大学・東洋学部の「テュルク・フィロロジー学科」で講師を務め、突厥史を講義した。1992年からはサンクトペテルブルク大学の教授となり、1995年に中央アジアとコーカサスSPSUの講師を務める。2014年、サンクトペテルブルクで死去。 受賞・栄典
著書
参考資料 |