フォーヴィスムが誕生した1905年サロン・ドートンヌのカタログの表紙
サロン・ドートンヌ (Salon d'automne)は、毎年秋にパリ で開催される展覧会 。「秋のサロン」、「秋季展」の意。ル・サロン (官展)を運営するフランス芸術家協会 、および国民美術協会 (ラ・ナシオナル)の保守性に対抗して、1903年 にベルギー の建築家 フランツ・ジュールダン (フランス語版 ) を中心とするギマール 、カリエール 、ヴァロットン 、ヴュイヤール 、ボナール 、ルオー 、マティス 、マルケ らの建築家 、画家 、版画家 によって創設された。多分野にわたる前衛芸術 家・新進芸術家を積極的に紹介し、とりわけ、1905年にフォーヴィスム が誕生した展覧会として知られている。
前史
落選展
350年以上の歴史を誇るル・サロン (官展)に対する批判は、すでに1863年に5000点の応募に対して3000点を落選としたことに対する抗議として[ 1] 、サロン落選者のための落選展 が開催されたことで顕在化されたが(その後1864年、1873年、1875年、1886年に開催)、落選展の前史は1846年に遡る。同年のル・サロン展でギュスターヴ・クールベ の自画像《パイプをくわえた男》を含む複数の作品が落選したために、象徴派の詩人シャルル・ボードレール や写実主義 の理論家シャンフルーリ (フランス語版 ) がこれに抗議した[ 2] 。彼らの支持を得たクールベは、1855年のパリ万国博覧会 で(一部の作品は展示されたものの)再び《画家のアトリエ 》などの作品が出品を拒否されると、これに抗議して、パレ・デ・ボサール(芸術宮)の隣に木造の小屋を建てて「写実主義館(Pavillon du réalisme)」と名付け、ここに自作を展示して、作品だけでなく「審査員の能力」をも来館者に評価させた[ 2] [ 3] 。1859年には同じく写実主義の画家フランソワ・ボンヴァン がル・サロンの審査に抗議するために、自宅でアンリ・ファンタン=ラトゥール 、アルフォンス・ルグロ 、オーギュスタン・テオデュール・リボー らの作品を展示した。1861年に画家・詩人 のテオドール・ヴェロン(Théodore Veron)[ 4] がナポレオン3世 に「落選者の嘆願書」を送り、落選展を開催する許可を得ることになった[ 2] 。
国民美術協会
一方、すでに1861年にル・サロン内部でも運営方針に反対し、芸術家自らの運営による独立性を確保するために、同年に画廊 を開いた画家・画商 のルイ・マルティネ (フランス語版 ) [ 5] と作家 のテオフィル・ゴーティエ によって国民美術協会 (通称「ラ・ナシオナル」)が結成され、ドラクロワ 、コロー 、ドービニー 、アンリ・ラマン 、マネ 、ブラックモン 、ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ らが参加した[ 6] 。
以後も落選展だけでなく、1874年のル・サロンで落選したセザンヌ 、ドガ 、モネ 、ピサロ 、ルノワール らが写真家 ナダール のアトリエ で抗議のための展覧会を開催するなど、独立分派活動が次々と起こった[ 6] 。
こうした動きは画壇だけでなく、俳優 ・演出家 のアンドレ・アントワーヌ が1680年創設の国立劇場コメディ・フランセーズ の権威主義 を批判し、若手劇作家 に作品上演の機会を与えるために自由劇場 を立ち上げるなど、他の芸術分野でも起こっていた[ 6] 。
フランス芸術家協会
これを受けて政府は1880年にル・サロンの民営化 を決定し、公教育 の無償化、義務化、非宗教化(ライシテ )を推進した公教育相・首相 ジュール・フェリー の要請によって1881年に設立されたフランス芸術家協会 が運営を引き継いだ[ 7] [ 8] [ 9] 。
アンデパンダン展
だが、この後もさらに1884年に同年のル・サロンの審査に落選したアルベール・デュボワ=ピエ 、オディロン・ルドン 、ジョルジュ・スーラ 、ポール・シニャック らが独立(アンデパンダン)美術家協会(Société des artistes indépendants)を結成し[ 10] [ 11] 、新進画家のセザンヌ 、ゴーギャン 、ロートレック 、カミーユ・ピサロ らとともに無審査、無賞、自由出品を原則とするアンデパンダン展 を開催することにした。独立芸術家協会の初代会長にはアール・ヌーヴォー の建築家エクトール・ギマール が就任した[ 11] 。第1回展はシャンゼリゼ通り の産業宮 (フランス語版 ) の近くで同年12月1日に開催され、以後、ル・サロンの「落選者」も落選展からアンデパンダン展に発表の場を移した。
新国民美術協会
一方、1890年にはエルネスト・メソニエ 、ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ、オーギュスト・ロダン 、カロリュス=デュラン によって国民美術協会が再結成され、メソニエが会長に就任した。過去10年にわたるフランス芸術家協会のアカデミズム ・権威主義を批判し、新進画家や新しい芸術分野の作品を紹介・奨励することを目的とした新国民美術協会(ラ・ナシオナル)の展覧会には[ 6] 、実際、モーリス・ドニ 、ポール・セリュジエ 、ピエール・ボナール らのナビ派 も参加し、リュシアン・シモン のような若手画家や[ 12] 、正規の美術教育 を受けていない女性画家シュザンヌ・ヴァラドン も出展した[ 13] 。
サロン・ドートンヌの歴史
創設
こうした経緯を経て、1903年にベルギーの建築家フランツ・ジュールダンの提唱により、サロン・ドートンヌ展(秋のサロン、秋季展)を開催することになった。「秋」という言葉を使ったのは、毎年「春」に開催されるル・サロン(フランス芸術家協会)と国民美術協会(ラ・ナシオナル)の展覧会に対抗するためであり[ 14] 、特にフランス芸術家協会の保守性を批判すると同時に、アンデパンダン展の無審査、無賞、自由出品の原則をも認めない立場を採り[ 15] 、前衛芸術家・新進芸術家を積極的に紹介すること、および絵画 だけでなく彫刻 、写真 、版画 などの分野も正当に評価し、多分野にわたる芸術活動を促進することを目的とした[ 16] 。
ジュールダンは鉄 とガラス を使ったアール・ヌーヴォー 、アール・デコ のサマリテーヌ百貨店 新店舗を設計したことで知られるが[ 17] 、彼の提唱に賛同した建築家エクトール・ギマール(アール・ヌーヴォー)、画家ジュール・アドレール (自然主義)[ 18] 、ジョルジュ・デヴァリエール (フランス語版 ) (特定の流派に属さない画家、新しい宗教画)[ 16] [ 19] 、ウジェーヌ・カリエール (象徴主義 )[ 16] 、ヴィクトル・シャルトン (印象派 的)[ 20] 、フェリックス・ヴァロットン (ナビ派 )[ 16] 、エドゥアール・ヴュイヤール (ナビ派)[ 16] 、ピエール・ボナール (ナビ派)[ 16] らが創設に参加した。第1回サロン・ドートンヌ展は1903年10月31日、パリ市立プティ・パレ 美術館で開催された[ 14] 。
カタログの規約によると、サロン・ドートンヌの目的は、毎年展覧会を開催することにより、芸術全般、すなわち、「絵画、彫刻、版画、建築 、応用美術 」を促進することであり、作品は絵画(油彩 )、素描 (水彩 、パステル を含む)、彫刻、版画、建築、装飾美術(アール・デコ)の6つの部門に分かれる[ 21] 。出品したのは、主にアルマン・ギヨマン 、アンリ・ルバスク 、ギュスターヴ・ロワゾー 、マクシム・モーフラ らの印象派、ポスト印象派 、ポン=タヴァン派 、ボナール、ヴァロットン、ヴュイヤールらのナビ派、アンリ・マティス 、ジョルジュ・ルオー 、アンリ・マンガン 、アルベール・マルケ 、アルベール・グレーズ 、ジャック・ヴィヨン 、フランシス・ピカビア らの後にフォーヴィスム、キュビスム の運動を牽引することになる画家、版画家である[ 22] 。また、同年死去したゴーギャンの作品8点が特別に展示された[ 23] 。
1904年の第2回展からはプティ・パレの向かいのグラン・パレ で開催された[ 16] 。この展覧会では、セザンヌ[ 24] 、ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ[ 25] 、オディロン・ルドン[ 26] 、ルノワール[ 27] 、ロートレック[ 28] の展示室や、写真の展示室も設けられた[ 29] 。
フォービスムの誕生
サロン・ドートンヌは、とりわけ、1905年にフォーヴィスムが誕生した展覧会として知られている[ 30] 。この第3回展では一室がマティス、マルケのほか、アンドレ・ドラン 、モーリス・ド・ヴラマンク 、キース・ヴァン・ドンゲン 、ルオー、アンリ・マンガン、ジャン・ピュイ (フランス語版 ) 、シャルル・カモワン (フランス語版 ) らの激しい色彩、力強い線を特徴とする絵画で埋め尽くされた[ 31] [ 32] 。これを見た美術評論家 のルイ・ヴォークセル (フランス語版 ) が、展示室の中央にある胸像を指して、「野獣(フォーヴ)に囲まれたドナテッロ だ(C'est Donatello parmi les fauves)」と評した。ここからフォーヴィスムという表現が生まれ、この展示室は「野獣の檻(la cage aux fauves)」と呼ばれるようになった[ 33] [ 34] [ 35] 。このほか、「形を成さない絵具の塗りたくり」、「錯乱状態に陥った絵筆」、「瓶の封蝋とオウムの羽のごた混ぜ」といった批判が飛び交い、最も厳しい批判を受けたのはマティスの《帽子の女》であった[ 33] [ 36] 。ヴォークセルの評論は、この年のサロン・ドートンヌ全体の評価として1905年10月17日付『ジル・ブラス 』紙に掲載された[ 37] 。
1906年以降 - キュビスム
1906年以降、各回において大規模な回顧展(1906年のクールベ展[ 38] 、1907年のセザンヌ展[ 39] 、ベルト・モリゾ 展[ 40] 、ジャン=バティスト・カルポー 展[ 41] など)や、その年または前年に死去した芸術家の回顧展(1906年のウジェーヌ・カリエール展[ 42] 、1907年のセザンヌ展[ 43] など)が行われた。とりわけ、1906年のゴーギャン展は、油彩、水彩、パステル、素描、版画、陶磁器など計227点を展示する大規模なものであった[ 44] 。
同じく1906年からポスター ・版画の展示室が設けられ、同年にはアンリ・ベレリ=デフォンテーヌ 、シャルル=フランソワ=プロスペール・ゲラン 、ルイ=アベル・トリュシェ (フランス語版 ) らの作品が展示され[ 45] 、前年から音楽会も開催されるようになった。初回はドビュッシー 、フォーレ 、ラヴェル 、セザール・フランク 、ポール・デュカス 、ヴァンサン・ダンディ 、アルベリク・マニャール などの四重奏 、五重奏、ピアソナタ、ヴァイオリンソナタ の室内楽 のコンサート が行われた[ 46] 。
ロベール・ドローネー《エッフェル塔》1911年、シカゴ美術館 蔵
キュビスムの画家ジャン・メッツァンジェ は1907年からサロン・ドートンヌに出品していたが[ 47] 、ピカソ が《アビニョンの娘たち 》を発表した同年から、これに衝撃を受けたジョルジュ・ブラック が《大きな裸婦》、《レスタックの陸橋》などを制作。1908年のアンデパンダン展に出品したが、サロン・ドートンヌでは落選となった[ 48] 。サロン・ドートンヌでキュビスムの作品が大々的に紹介されたのは、1911年の第8回展においてであった。このときはピカソとジョルジュ・ブラック の裸婦、フェルナン・レジェ の《森の裸体》、メッツァンジェの《おやつの時間》、ロベール・ドローネー 《エッフェル塔》などが展示され、さらに翌1912年にはアルベール・グレーズの《シャルトル大聖堂》が展示された[ 48] 。
サロン・ドートンヌ展は1914年から1918年までの第一次大戦 中には開催されなかったが、戦間期のエコール・ド・パリ 、ダダイスム 、シュルレアリスム 、第二次大戦 後の抽象芸術、とりわけ、60年代のヌーヴェル・フィギュラシオン (フランス語版 ) (新具象派)、アウトサイダー・アート の流れを汲む70年代のアール・サンギュリエ (フランス語版 ) など新しい芸術表現が次々と紹介された[ 16] 。
現在
現在、サロン・ドートンヌ展は毎秋にパリ・シャンゼリゼ大通りに設置される特設会場にて開催されている。絵画、写真、彫刻、ミクスト・メディア 、環境アート 、素描、版画、建築、アーティスト・ブック、デジタルアート の10部門があり、画家のデニス・ルグラン氏が会長を務めている[ 49] 。2020年度展は新型コロナウィルスの影響で開催回避を余儀なくされ、史上初のインターネット上のみでの作品展覧となった。2021年度展は、10月にパリ・シャンゼリゼ大通りに設置される特設会場にて開催。
日本
日本人では藤田嗣治 (とりわけ、キキ をモデルに描いた1922年の《トワル・ド・ジュイ(更紗)の上に横たわる裸婦(Nu couché à la toile de Jouy )》[ 50] 、小山敬三 [ 51] 、東郷青児 [ 52] 、佐伯祐三 [ 53] 、荻須高徳 [ 54] 、小磯良平 [ 55] 、ヒロ・ヤマガタ [ 56] 、鶴岡義雄 [ 56] [ 57] 杉山冽、らが入選した。特にフランスの抽象画家フランソワ・バロン=ルヌアール (フランス語版 ) と交流の深かった東郷青児の尽力により、1970年代にサロン・ドートンヌと日本の画壇とのつながりが形成され、アート・プロモーターの馬郡俊文によって1972年に設立された欧州美術クラブに受け継がれた[ 52] [ 58] 。2000年代に入るとサロン・ドートンヌの協力のもとで日本からの自由な応募ならびに現地作品搬入のサポートを日仏フィグー社も開始し、その後にはサロン・ドートンヌ自体も国境を越えたオンライン申請を開始するなど、様々なジャンルの日本人が作品を出展する道が開かれるようになった[ 59] [ 60] 。
脚注
^ “落選展 ”. コトバンク . 2020年3月31日 閲覧。
^ a b c Gérard Denizeau. “Création du Salon "des Refusés" ” (フランス語). FranceArchives . Archives de France. 2020年3月31日 閲覧。
^ La rédaction (2018年7月26日). “Gustave Courbet, réalisme et scandales ” (フランス語). Geo.fr . GEO. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Théodore Véron (1820-1898) ” (フランス語). data.bnf.fr . Bibliothèque nationale de France. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Louis Martinet (1815-1895) ” (フランス語). data.bnf.fr . Bibliothèque nationale de France. 2020年3月31日 閲覧。
^ a b c d “Histoire et présentation de la Société Nationale des Beaux Arts ” (フランス語). Salon des Beaux Arts . 2020年3月31日 閲覧。
^ “Salon | French art exhibition ” (英語). Encyclopedia Britannica . 2020年3月31日 閲覧。
^ “ル・サロンについて ”. https://nffigue.main.jp . 日仏フィグー社・美術部門. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Le Salon des Artistes Français ” (フランス語). www.artistes-francais.com . 2020年3月31日 閲覧。
^ “アンデパンダン展 ”. コトバンク . 2020年3月31日 閲覧。
^ a b “Histoire du Salon des Indépendants ” (フランス語). Salon des Indépendants. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Son parcours d'artiste ” (フランス語). Association Lucien Simon . 2020年3月31日 閲覧。
^ “Suzanne Valadon, de Montmartre au Salon des Beaux Arts ” (フランス語). Salon des Beaux Arts (2018年2月28日). 2020年3月31日 閲覧。
^ a b “SALON D'AUTOMNE. Dossier de presse, 2010 ” (フランス語). Salon d'automn. 2020年3月31日 閲覧。
^ “サロン・ドートンヌ ”. コトバンク . 2020年3月31日 閲覧。
^ a b c d e f g h “LE SALON DANS L'HISTOIRE ” (フランス語). Le Salon d'Automne . 2020年3月31日 閲覧。
^ Yves Bruand. “FRANTZ JOURDAIN ” (フランス語). Encyclopædia Universalis . 2020年3月31日 閲覧。
^ “Jules Adler. Peintre du people. Dossier de presse, 2019 ” (フランス語). Musée d'art et d'histoire du Judaïsme (mahJ) (2019年). 2020年3月31日 閲覧。
^ “George Desvallières (1861-1950) ”. www.georgedesvallieres.com . 2020年3月31日 閲覧。
^ “Victor Charreton ” (フランス語). www.musee-murol.fr . Musée des Peintres de l'Ecole de Murol(s). 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1903 ” (フランス語). archive.org . p. 117. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1903 ” (フランス語). archive.org . p. 13. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1903 ” (フランス語). p. 68. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1904 ” (フランス語). archive.org . p. 106. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1904 ” (フランス語). archive.org . p. 108. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1904 ” (フランス語). archive.org . p. 110. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1904 ” (フランス語). archive.org . p. 114. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1904 ” (フランス語). archive.org . p. 116. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1904 ” (フランス語). archive.org . p. 190. 2020年3月31日 閲覧。
^ 小野寛子. “サロン・ドートンヌ ”. artscape . 2020年3月31日 閲覧。
^ “フォービスム ”. コトバンク . 2020年3月31日 閲覧。
^ 小野寛子. “フォーヴィスム ”. artscape . 2020年3月31日 閲覧。
^ a b “Le Fauvisme ” (フランス語). www.grandpalais.fr . Grand Palais (2010年6月8日). 2020年3月31日 閲覧。
^ Michel Hoog. “FAUVISME ” (フランス語). Encyclopædia Universalis . 2020年3月31日 閲覧。
^ “Courant artistique: Le Fauvisme ” (フランス語). Magazine Artsper (2015年1月8日). 2020年3月31日 閲覧。
^ Yves Jaeglé (2016年8月17日). “Les grands scandales de l'art : les Fauves rugissent au Grand Palais ” (フランス語). leparisien.fr . Le Parisien. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Gil Blas / dir. A. Dumont ” (フランス語). Gallica . Bibliothèque nationale de France (1905年10月17日). 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1906 ” (フランス語). archive.org . p. 204. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1907 ” (フランス語). archive.org . p. 248. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1907 ” (フランス語). archive.org . p. 254. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1907 ” (フランス語). archive.org . p. 240. 202-03-31 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1906 ” (フランス語). archive.org . p. 202. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1907 ” (フランス語). archive.org . p. 248. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1906 ” (フランス語). archive.org . p. 190. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1906 ” (フランス語). archive.org . p. 172. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1905 ” (フランス語). archive.org . p. 196. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Catalogue des ouvrages de peinture, sculpture, dessin, gravure, architecture et art décoratif. Salon d'automne 1907 ” (フランス語). archive.org . p. 146. 2020年3月31日 閲覧。
^ a b “LE FUTURISME À PARIS, UNE AVANT-GARDE EXPLOSIVE ” (フランス語). mediation.centrepompidou.fr . Centre Pompidou. 2020年3月31日 閲覧。
^ “Qui sommes-nous ? ” (フランス語). Le Salon d'Automne . 2020年3月31日 閲覧。
^ “Nu couché à la toile de Jouy ” (フランス語). www.mam.paris.fr . Musée d'Art Moderne de Paris (MAM). 2020年3月31日 閲覧。
^ “Keizo KOYAMA (japonais) (1898-1987) ” (フランス語). Ader . 2020年3月31日 閲覧。
^ a b “Dans le monde ” (フランス語). Le Salon d'Automne . 2020年3月31日 閲覧。
^ “佐伯祐三 ”. 茨城県近代美術館 . 2020年3月31日 閲覧。
^ “荻須高徳 ”. www.tobunken.go.jp . 東京文化財研究所 . 2020年3月31日 閲覧。
^ “小磯良平 ”. www.tobunken.go.jp . 東京文化財研究所. 2020年3月31日 閲覧。
^ a b “サロン・ドートンヌについて ”. https://nffigue.main.jp . 日仏フィグー社・美術部門. 2020年3月31日 閲覧。
^ “鶴岡義雄 ”. 正光画廊. 2020年3月31日 閲覧。
^ “創立者 馬郡俊文について ”. www.obijias.co.jp . 欧州美術クラブ. 2020年3月31日 閲覧。
^ “サロン・ドートンヌについて ”. https://nffigue.main.jp . 日仏フィグー社・美術部門. 2020年7月30日 閲覧。
^ “Le Salon d'Automne – Historical Art Salon – site official web site ” (フランス語). www.salon-automne.com . Le Salon d'Automne. 2021年2月13日 閲覧。
関連項目
外部リンク